2025年10月18日、『ライカの100年 世界を目撃し続けた1世紀展』を観に行った。ライカは有名なカメラメーカーで、その創立100周年を記念した展覧会である。世界各国で先んじて開催され、世界初の直営店がオープンした東京で千穐楽を迎えた。


湯川先生、ライカだよ
私の愛するましゃ(福山雅治)は、歌手または役者としての顔が一般的だが、実は写真の人でもある。世界的に有名な写真家、植田正治(うえだしょうじ)さんに若い頃CDのジャケット写真を撮ってもらったことがきっかけで交流が始まり、師事するようになったのだ。植田さんはましゃと知り合った頃既に晩年と呼べる年齢であり、実際そうなってしまったが、若いましゃと親睦を深めることを喜んでおられ、ましゃファンたちから生まれて初めてファンレターをもらって嬉しくて枕元に置いていたそうだ。
植田さんは鳥取砂丘を撮影場所としたモノクロ写真群が有名で、ましゃのこともそこで撮ってくれた。CDジャケット用に撮影された写真は、デザイナーをして「(完璧すぎて)デザインしようがない」と言わしめ、周囲の不安をましゃが押し切って無加工でジャケットにし、大ヒットした。曲のタイトルは『HELLO』。









撮影:植田正治
別の曲(『HEAVEN』)でのジャケットフォトセッションも大成功したが、セールスが伸び悩んだ。ましゃは当時これまでにないほどの執着を見せ、結果、発売から何週間も経ってから執念のチャート一等賞を獲得した。ましゃは、植田さんの葬儀で、「先生との仕事は、いつも一番でした」と報告した。植田さんをイメージしたインストゥメンタル*1楽曲『HOMAGE』*2も制作した。
植田さんは毎朝決まったルートを散歩し、カメラのシャッターを切ったそうだ。毎日同じところを歩いて同じはずの風景を見ても尚、毎日毎日撮りたいものを見つけることができる、撮りたいと思える、『感動する』ことができる、そのことをましゃは才能と定義して、植田さんをたいへんよく慕い、憧れと尊敬をもって先生と呼び続けている。

そのようなわけで、ましゃも写真を撮る人になった。10年以上携わっているNHKの自然番組『ホットスポット 最後の楽園』*3では、所謂レッドデータアニマルと呼ばれる、緊急で保護が必要な希少野生動物たちに会いに地球の果てまで行って撮りまくり、その写真をTシャツにして啓蒙活動に励んだり、ライブ会場の敷地内で写真展を開催したこともある。Tシャツの背面にはQRコードが印刷されており、アクセスするとその動物の現在の状況が確認できるようになっていて、素材も透明性が確保されたものを使用している。


写真展鑑賞のようす
この展覧会では、そんな植田さんとましゃの深いつながりを祝福して、ふたりの初めての合同写真展が開催された。展覧会は完全予約制のため、私は予約開始時間の1分前から会社のお手洗いにこもり、初日の予約を勝ち取った。初日には、ましゃの若い頃の全国ツアーに帯同し、ライブ写真集を2冊も撮ってくれた写真家ハービー・山口さんによる、ライカユーザーとしてのトークイベントもあったのだが、そちらの予約は取れなかった。無念。
場所は東京の青山スパイラルガーデン。レストランスペースの奥が会場になっていた。まずご挨拶のボードがあり、次にいきなり壁一面に写真展のコーナーがある。向かい側のスペースには、ライカの初期モデルや設計図、当時の宣伝ポスターなどが展示されていた。多くの老若男女そのほかのパーソンたちが駆けつけていて、ライカのカメラを提げている人も大勢いた。中にはもちろんましゃファンたちもいた。公式推しぬい*4が購入者の手元に届き始めた直後だったため、ぬいを持ち込んでぬい撮りに勤しむBROS.*5たちを微笑ましく見た。そういう私も、ましゃのライブTシャツを着ていた。
ご挨拶
最初に植田さん、次にましゃが撮った写真。それぞれ十数枚が横一列に並んでいる。この写真展エリアのみ撮影禁止であった(注:そのため、以下の写真は、展覧会に関するネット記事からの抜粋です)。




『Ueda-cho(植田調)』と評される、砂丘での独特な構図の有名な人物写真の現物が並んでおり、圧巻。それらの写真は、立ち位置も持ちものも完全に演出されているのに、予定調和の中の一瞬の偶然を突いて、「楽しいな」とニッコリしている感じがする。
『FUKUYAMANIA』という、ライブ映像とMVを収録した映像作品のジャケットになったモノクロ写真もあった。弓ヶ浜に風吹き荒ぶ中、ましゃの顔を正面からとらえた、ファンの間ではたいへん有名で人気がある、伝説の写真だ。たった20分ほどの撮影時間のうち、「いつ撮られたのかわからなかった」という当時の感想通り、全くカメラを意識しておらず斜め右下を流し見る瞳、薄く開いた唇、後ろから風に吹かれて広がる黒髪、喉に落ちる影。写真集で見たことはあっても、現物は全く違った。
その写真は光でできていた。紙面ではざらついた粗い粒子に思えた黒と白が、水のような滑らかさをもって焼きついていた。ましゃに当たって跳ね返った太陽光がカメラのレンズを通る。コンマ1秒間、シャッターを開ける。光が像を結ぶ。光が写真になる。この写真に当たった室内灯の光が私の目に飛び込んできて、脳で画像として認識されるそのコンマ1秒間だけ、私は植田さんの目になる。撮影の瞬間、植田さんとましゃは確かに存在していて、これは本当にあったことで、なにもかもが本当のことで、そんなことが素晴らしくてとても嬉しくなる。ましゃが撮った写真たちも素敵だったけど、結局この写真をずっと見ていたくて、何度もここに戻っては眺めた。
その更に奥の開けた場所には、ライカの歴代モデルたちの歴史と実物がずらりと並んでいた。歴史は巨大なメッシュ生地にプリントされてぐるりと円を描いていて、それはさながらフィルムのようだった。下の写真の、円の切れ目の奥にあるモニターには、その手前に設置されたライカのカメラが一定間隔をおいて会場内をリアルタイムで自動的に撮影した写真が順に映し出されていた。会場内には、そのシャッター音がずっと静かに響いていた。
スパイラルガーデンのおそらく名前の由来のように、上へ登れる螺旋の道の壁には、著名な写真家たちの作品が大きく引き伸ばされて飾られていた。中でも大きく取り上げられていた作品のひとつは、世界規模の写真家集団『マグナム』所属の写真家エリオット・アーウィットの『Dog with a Rose』だった。エリオットはたいへんな犬好きで、犬の写真集『DOG DOGS』を出版している。私の自室にもある。とっても素敵な写真集であり写真家で、大好きだ。
そしてエリオットはましゃと交流がある。2000年のシドニー五輪の時にましゃの写真を見て面白いと思ったそうだ*6。シンガー・ソングライターで、且つアマチュア写真家、という珍しいスタイルに注目してくれて、マグナムの写真集『Smile&Smile 100のほほえみ』の巻末に、なんとましゃの写真を載せてくれたのだ。その写真集も持っている。これもとっても素敵だ。

入場は予約時間ごとだが、完全入替制というわけではなかったようで、しばらく滞在して大満足で会場をあとにした。ライカが欲しくなって改めて調べたけど、コンデジ*7でも約30万円する。ましゃがTHE ALFFEの坂崎幸之助に背中を押されて購入したという最新モデルの価格なんて調べるまでもない。私はそっとブラウザを閉じ、身の丈に合ったカメラにしようと誓った。

「福山、あれ買った?スゲーいいよ!」
青山に来たからには、ついでに行ってみたいところがあった。ジュエリーブランド『TOMWOOD(トムウッド)』の旗艦店である。約3年ほど前に、"日本のバンド・東京スカパラダイスオーケストラのメンバーである谷中から、トムウッドのミニハートリングに似た指輪を渡されて喜んで嵌めていたが、実はその指輪は選ばれしスカパラファンしか装着を許されない特別なものであり、特にファンというわけではない私が着用することについてスカパラ内で緊急会議が行われることになり、私と谷中が出席する"という謎の夢を見たことがあり、以来これが正夢にならないかなと待っていたのだが、一向に谷中が買ってきてくれないため、もう自分で買うことにしたのだった。
お店はコンクリートのミニマルなデザインで、店員さんに取り扱いの有無を尋ねたら、すぐ試着させてくれた。サイズ感とか着ける指とか何かしらのアドバイスや、商品説明をしてくれるのかなと思ったら、無言で私の試着を見守ってくれたので、とりあえず私のほうから「カワイイ」と言っておいた。店員さんは「ありがとうございます」と返してくれた。お手入れ方法としては柔らかい布で拭くこと、ひどく汚れた場合は修理も受付していることを確認して、一番小さいサイズを購入した。レシートはメールアドレス宛に送ってくれるそうだ。洒落ておる。
気分がよかったので、帰りは渋谷まで歩いた。国道246号線、通称ニーヨンロクに通りかかる。「オレの庭」と笑って断言するほど渋谷に縁のあるましゃは、『246』というタイトルの曲を制作している。図らずもましゃ尽くしとなり、ますます気分がよくなった。
指輪は左手の小指に嵌めることにした。ゴールドもあったけど、シルバーがかわいいと思ったのでそちらにした。ハートモチーフのアイテムを所有するのは初めてだ。フェミニンなデザインは好きじゃないんだけど、これはあまり気にならない。家に帰って早速写真を撮った。かわいい。今夏に開催されたましゃのドームライブ『SOUL』のロゴデザインはハートだったから、それにかこつけて参加前に買ってしまえばよかったと若干後悔した。




この日着ていたSOULのグッズTシャツと撮影
ましゃはラジオも長くやっている。近年は多忙極まりすぎており、スタジオ収録する時間が取れない時は、デンスケという愛称で呼んでいる手持ち録音機材をマネージャーさんたちがあちこちに持ち込み、撮影現場や移動中の車中で出張収録することが多いのだが、いつだったか、ましゃが車から夕日を眺めながら、「オレの人生ももう夕方」「昔からそうなんだよね、小学生の頃とか友達と遊んでても"こういうこともしなくなるんだろうな〜"とか思ってた」「正直言って生きにくいです笑」みたいなことを言っていた。
写真展を見ながらこのことを思い出した時、ああ、と思った。だから、ましゃは音と光の人なのだ、と。
音も光も、人間よりずっと長生きする。そういう、自分よりも長生きするもの、自分の手を離れていくもの、そうして自分以上になっていくもの、けれど自分がいなければこの世界に存在しなかったもの、そういうものをほかの誰でもなく自分が世界に落としていくこと、置いていくこと。それがましゃの魂に必要だったもので、ましゃは必要な瞬間にちゃんと出会えたのだ、音と光、音楽と写真に。
何かをさみしがるとか、恋しがるとか、覚えておきたがるというのは、とても労力が必要な感情だと思う。それがプラスの感情であれマイナスの感情であれ、少なくともフラットな状態からは針が揺れ動いているわけだから。本人からしてみれば自分が望んだわけでもないその魂の性質はたまったものではないと思うけど、それでもましゃは自分の知覚する範囲の世界を、さみしいくらい愛していること、そしてそれゆえに必要だったことの一部をシェアしてくれること、このことの喜びと幸運を私は愛と呼びたい。ましゃ、いつでも愛してるよ。

撮影:福山雅治