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 今日は、昭和時代中期の1947年(昭和22)に、「学校教育法」が公布(施行は同年4月1日)された日です。
 「学校教育法」(がっこうきょういくほう)は、太平洋戦争後の日本の新しい学校制度について、「日本国憲法」や「教育基本法」の理念に基づいて、1947年(昭和22)に制定された法律(昭和22年法律第26号)です。アメリカ教育使節団報告書の勧告や内閣に設置された教育刷新委員会の建議に基づき、初等教育から高等教育にいたる六・三・三・四制の学校制度を確立しました。
 内容としては、学校を定義し、監督庁と学校の設置者との関係、学校の設置者と学校との関係、学校の教員の種類とその資格、懲戒、授業料など各学校種別に共通な事項について規定しています。教育の機会均等による開放的・統一的な学校制度、9年間の無償義務教育、男女差別撤廃を実現し、新制の小・中学校は1947年度、高等学校は1948年度、大学は1949年度から発足しました。
 その後、現在までに、短期大学(1949年)、高等専門学校(1961年)、専修学校(1975年)の新設による学制の修正、文部大臣の教科書検定権の明記(1953年)、教頭職の設置(1974年)、放送大学の設置(1981年)、定時制・通信制高校の修業年限短縮(1988年)など重要な法改正も行われています。
 以下に、制定当初の「学校教育法」(昭和22年法律第26号)を掲載紙ておきますので、ご参照下さい。

〇「学校教育法」(昭和22年法律第26号) 1947年(昭和22)3月31日公布。同年4月1日施行

第一章 総則

第一条 この法律で、学校とは、小学校、中学校、高等学校、大学、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園とする。

第二条 学校は、国、地方公共団体及び別に法律で定める法人のみが、これを設置することができる。
 この法律で、国立学校とは、国の設置する学校を、公立学校とは、地方公共団体の設置する学校を、私立学校とは、別に法律で定める法人の設置する学校をいう。

第三条 学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、監督庁の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。

第四条 国立学校及びこの法律によって設置義務を負う者の設置する学校の外、学校(大学の学部又は大学院についても同様とする。)の設置廃止、設置者の変更その他監督庁の定める事項は、監督庁の認可を受けなければならない。

第五条 学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。

第六条 学校においては、授業料を徴収することができる。但し、国立又は公立の小学校及び中学校又はこれらに準ずる盲学校、聾学校及び養護学校における義務教育については、これを徴収することができない。
 国立又は公立の学校における授業料その他の費用に関する事項は、監督庁が、これを定める。

第七条 学校には、校長及び相当数の教員を置かなければならない。

第八条 校長及び教員の免許状その他資格に関する事項は、監督庁がこれを定める。

第九条 左の各号の一に該当する者は、校長又は教員となることができない。
 一 禁治産者及び準禁治産者
 二 長期六年の禁錮以上の刑に処せられた者
 三 長期六年未満の懲役又は禁錮の刑に処せられ、刑の執行を終り、又は刑の執行を受けることのないことに至らない者
 四 前条の免許状取上げの処分を受け、二年を経過しない者
 五 昭和二十一年勅令第二百六十三号による教職不適格者
 六 性行不良と認められる者

第十条 私立学校は、校長を定め、監督庁に届け出なければならない。

第十一条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。

第十二条 学校においては、学生、生徒、児童及び幼児並びに職員の健康増進を図るため、身体検査を行い、及び適当な衛生養護の施設を設けなければならない。
 身体検査及び衛生養護の施設に関する事項は、監督庁が、これを定める。

第十三条 左の各号の一に該当する場合においては、監督庁は、学校の閉鎖を命ずることができる。
 一 法令の規定に故意に違反したとき
 二 法令の規定により、監督庁のなした命令に違反したとき
 三 六箇月以上授業を行わなかったとき

第十四条 学校が、設備、授業その他の事項について、法令の規定又は監督庁の定める規程に違反したときは、監督庁は、その変更を命ずることができる。

第十五条 私立学校は、毎会計年度の開始前に収支予算を、毎会計年度の終了後二箇月以内に収支決算を監督庁に届け出なければならない。
 収支予算に重大な変更を加えようとするときも、また同様とする。

第十六条 子女を使用する者は、その使用によって、子女が、義務教育を受けることを妨げてはならない。

第二章 小学校

第十七条 小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする。

第十八条 小学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
 一 学校内外の社会生活の経験に基き、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと。
 二 郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。
 三 日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。
 四 日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと。
 五 日常生活に必要な数量的な関係を、正しく理解し、処理する能力を養うこと。
 六 日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと。
 七 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を図ること。
 八 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸等について、基礎的な理解と技能を養うこと。

第十九条 小学校の修業年限は、六年とする。

第二十条 小学校の教科に関する事項は、第十七条及び第十八条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第二十一条 小学校においては、監督庁の検定若しくは認可を経た教科用図書又は監督庁において著作権を有する教科用図書を使用しなければならない。
 前項の教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なものは、これを使用することができる。

第二十二条 保護者(子女に対して親権を行う者、親権を行う者のないときは、後見人又は後見人の職務を行う者をいう。以下同じ。)は、子女の満六才に達した日の翌日以後における最初の学年の初から、満十二才に達した日の属する学年の終りまで、これを小学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校に就学させる義務を負う。
 前項の義務履行の督促その他義務に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第二十三条 前条の規定によって、保護者が就学させなければならない子女(以下学齢児童と称する。)で、病弱、発育不完全その他やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村立小学校の管理機関は、監督庁の定める規程により、教育に関し都道府県の区域を管轄する監督庁(以下都道府県監督庁と称する。)の認可を受けて、前条第一項に規定する義務を猶予又は免除することができる。

第二十四条 第三十三条の規定により、小学校設置の義務を免除された区域内の学齢児童の保護者は、第二十二条第一項に規定する義務を免除されたものとする。

第二十五条 経済的理由によって、就学困難と認められる学齢児童の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない。

第二十六条 市町村立小学校の管理機関は、伝染病にかかり、若しくはその虞のある児童又は性行不良であって他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、その保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる。

第二十七条 学齢に達しない子女は、これを小学校に入学させることができない。

第二十八条 小学校には、校長、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。但し、特別の事情のあるときは、事務職員を置かないことができる。
 小学校には、前項の外、助教諭その他必要な職員を置くことができる。
 校長は、校務を掌り、所属職員を監督する。
 教諭は、児童の教育を掌る。
 養護教諭は、児童の養護を掌る。
 事務職員は、事務に従事する。
 助教諭は、教諭の職務を助ける。

第二十九条 市町村は、その議会の議決を経て、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。

第三十条 町村が、前条の規定によることを不可能又は不適当と認めるときは、市町村学校組合又は町村学校組合を設けることができる。

第三十一条 町村が、前二条の規定によることを不可能又は不適当と認めるときは、その議会の議決を経て、小学校の設置に代え、学齢児童の全部又は一部の教育事務を、他の市町村、市町村学校組合又は町村学校組合に委託することができる。

第三十二条 町村が、前二条の規定による負担に堪えないと都道府県監督庁が認めるときは、都道府県は、その議会の議決を経て、その町村に対して、必要な補助を与えなければならない。

第三十三条 都道府県監督庁は、町村、市町村学校組合又は町村学校組合の一部について、第三十一条の不可能又は不適当と認める事情はあるが、同条及び前条の規定によることができないと認めるときは、その町村、市町村学校組合又は町村学校組合に、その一部に関し、小学校設置の義務を免除することができる。

第三十四条 公立又は私立の小学校は、都道府県監督庁の所管に属する。

第三章 中学校

第三十五条 中学校は、小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、中等普通教育を施すことを目的とする。

第三十六条 中学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
 一 小学校における教育の目標をなお充分に達成して、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。
 二 社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
 三 学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと。

第三十七条 中学校の修業年限は、三年とする。

第三十八条 中学校の教科に関する事項は、第三十五条及び第三十六条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第三十九条 保護者は、子女が小学校の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初から、満十五才に達した日の属する学年の終りまで、これを、中学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校に就学させる義務を負う。
 前項の規定によって保護者が就学させなければならない子女は、これを学齢生徒と称する。

第四十条 第二十一条、第二十二条第二項、第二十三条から第二十六条まで及び第二十八条から第三十四条までの規定は、中学校に、これを準用する。

第四章 高等学校

第四十一条 高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。

第四十二条 高等学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならないい。
 一 中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと。
 二 社会において果さなければならない使命の自覚に基き、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な技能に習熟させること。
 三 社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の確立に努めること。

第四十三条 高等学校の学科及び教科に関する事項は、前二条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第四十四条 高等学校には、通常の課程の外、夜間において授業を行う課程又は特別の時期及び時間において授業を行う課程を置くことができる。
 高等学校には、通常の課程を置かず、又は前項の課程の一のみを置くことができる。

第四十五条 高等学校は、通信による教育を行うことができる。
 通信による教育に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第四十六条 高等学校の修業年限は、三年とする。但し、特別の技能教育を施す場合及び第四十四条第一項の課程を置く場合は、その修業年限は、三年を超えるものとすることができる。

第四十七条 高等学校に入学することのできる者は、中学校若しくはこれに準ずる学校を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

第四十八条 高等学校には、専攻科及び別科を置くことができる。
 高等学校の専攻科は、高等学校若しくはこれに準ずる学校を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。
 高等学校の別科は、前条に規定する入学資格を有する者に対して、簡易な程度において、特別の技能教育を施すことを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。

第四十九条 高等学校に関する教科用図書、入学、退学、転学その他必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第五十条 高等学校には、校長、教諭及び事務職員を置かなければならない。

第五十一条 第二十八条第二項から第四項まで、第六項及び第七項並びに第三十四条の規定は、高等学校に、これを準用する。

第五章 大学

第五十二条 大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

第五十三条 大学には、数個の学部を置くことを常例とする。但し、特別の必要がある場合においては、単に一個の学部を置くものを大学とすることができる。

第五十四条 大学には、夜間において授業を行う学部を置くことができる。

第五十五条 大学の修業年限は、四年とする。但し、特別の専門事項を教授研究する学部及び前条の学部については、その修業年限は、四年を超えるものとすることができる。

第五十六条 大学に入学することのできる者は、高等学校を卒業した者若しくは通常の課程による十二年の学校教育を修了した者(通常の課程以外の課程によりこれに相当する学校教育を修了した者を含む。)又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

第五十七条 大学には、専攻科及び別科を置くことができる。
 大学の専攻科は、大学を卒業した者又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。
 大学の別科は、前条に規定する入学資格を有する者に対して、簡易な程度において、特別の技能教育を施すことを目的とし、その修業年限は、一年以上とする。

第五十八条 大学には学長、教授、助教授、助手及び事務職員を置かなければならない。大学には、前項の外、必要な職員を置くことができる。
 学長は、校務を掌り、所属職員を統督する。
 教授は、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。
 助教授は、教授の職務を助ける。
 助手は、教授及び助教授の職務を助ける。

第五十九条 大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。
 教授会の組織には、助教授その地の職員を加えることができる。

第六十条 大学の設置の認可に関しては、監督庁は、大学設置委員会に諮問しなければならない。
 大学設置委員会に関する事項は、命令でこれを定める。

第六十一条大学には、研究所その他の研究施設を附置することができる。

第六十二条 大学には、大学院を置くことができる。

第六十三条 大学に四年以上在学し、一定の試験を受け、これに合格した者は、学士と称することができる。
 学士に関する事項は、監督庁が、これを定める。

第六十四条 公立又は私立の大学は、文部大臣の所轄とする。

第六十五条 大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥を究めて、文化の進展に寄与することを目的とする。

第六十六条 大学院には、数個の研究科を置くことを常例とする。但し、特別の必要がある場合においては、単に一個の研究科を置くものを大学院とすることができる。

第六十七条 大学院に入学することのできる者は、第五十七条第二項に規定する者とする。

第六十八条 大学院を置く大学は、監督庁の定めるところにより、博士その他の学位を授与することができる。
 博士その他の学位に関する事項を定めるについては、監督庁は、大学設置委員会に諮問しなければならない。

第六十九条 大学においては、公開講座の施設を設けることができる。
 公開講座に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第七十条 第二十八条第六項及び第四十五条の規定は、大学に、これを準用する。

第六章 特殊教育

第七十一条 盲学校、聾学校又は養護学校は、夫々盲者、聾者又は精神薄弱、身体不自由その他心身に故障のある者に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施し、併せてその欠陥を補うために、必要な知識技能を授けることを目的とする。

第七十二条 盲学校、聾学校及び養護学校には、小学部及び中学部を置かなければならない。但し、特別の必要のある場合においては、その一のみを置くことができる。
 盲学校、聾学校及び養護学校には、幼稚部及び高等部を置くことができる。

第七十三条 盲学校、聾学校及び養護学校の小学部及び中学部の教科及び教科用図書、高等部の学科、教科及び教科用図書又は幼稚部の保育内容は、小学校、中学校、高等学校又は幼稚園に準じて、監督庁が、これを定める。

第七十四条 都道府県は、その議会の議決を経て、その区域内にある学齢児童及び学齢生徒の中、盲者、聾者又は精神薄弱、身体不自由その他心身に故障のある者を就学させるに必要な盲学校、聾学校又は養護学校を設置しなければならない。

第七十五条 小学校、中学校及び高等学校には、左の各号の一に該当する児童及び生徒のために、特殊学級を置くことができる。
 一性格異常者
 二精神薄弱者
 三聾者及び難聴者
 四盲者及び弱視者
 五言語不自由者
 六その他の不具者
 七身体虚弱者
 前項に掲げる学校は、疾病により療養中の児童及び生徒に対して、特殊学級を設け、又は教員を派遣して、教育を行うことができる。

第七十六条 第十九条、第二十七条、第二十八条(第四十条及び第五十一条において準用する場合を含む。)、第三十四条、第三十七条、第四十五条から第四十八条まで、第五十条、第八十条及び第八十一条の規定は、盲学校、聾学校及び養護学校に、これを準用する。

第七章 幼稚園

第七十七条 幼稚園は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。

第七十八条 幼稚園は、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
 一健康、安全で幸福な生活のために必要な日常の習慣を養い、身体諸機能の調和的発達を図ること。
 二 園内において、集団生活を経験させ、喜んでこれに参加する態度と協同、自主及び自律の精神の芽生えを養うこと。
 三 身辺の社会生活及び事象に対する正しい理解と態度の芽生えを養うこと。
 四 言語の使い方を正しく導き、童話、絵本等に対する興味を養うこと。
 五 音楽、遊戯、絵画その他の方法により、創作的表現に対する興味を養うこと。

第七十九条 幼稚園の保育内容に関する事項は、前二条の規定に従い、監督庁が、これを定める。

第八十条 幼稚園に入園することのできる者は、満三才から、小学校就学の始期に達するまでの幼児とする。

第八十一条 幼稚園には、園長及び教諭を置かなければならない。
 幼稚園には、前項の外、必要な職員を置くことができる。 園長は、園務を掌り、所属職員を監督する。
 教諭は、幼児の保育を掌る。

第八十二条 第三十四条の規定は、幼稚園に、これを準用する。

第八章 雑則

第八十三条 第一条に掲げるもの以外のもので、学校教育に類する教育を行うものは、これを各種学校とする。
 各種学校は、第一条に掲げる学校の名称を用いてはならない。
 第四条から第七条まで、第九条から第十一条まで、第十三条、第十四条及び第三十四条の規定は、各種学校に、これを準用する。、前項の外、各種学校に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第八十四条 都道府県監督庁において、学校又は各種学校以外のものが各種学校の教育を行うものと認めるときは、その旨を関係者に通告して、前条の規定によらせることができる。

第八十五条 学校教育上支障のない限り、学校には、社会教育に関する施設を附置し、又は学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。

第八十六条 町村制を施行していない地域においては、この法律における町村及び町村学校組合に関する規定は、その地域におけるこれに準ずべきものに、これを適用する。
 前項の地域において、この法律により難い事項のあるときは、都道府県監督庁は、特別の処分をすることができる。

第八十七条 この法律における市には、東京都の区を含むものとする。

第八十八条 この法律に規定するものの外、この法律施行のため必要な事項は、監督庁が、これを定める。

第九章 罰則

第八十九条 第十三条の規定(第八十三条第三項において準用する場合を含む。)による閉鎖命令に違反した者は、これを六箇月以下の懲役若しくは禁錮又は一万円以下の罰金に処する、

第九十条 第十六条の規定に違反した者は、これを三千円以下の罰金に処する。

第九十一条 第二十二条第一項又は第三十九条第一項の規定による義務履行の督促を受け、なお履行しない者は、これを一千円以下の罰金に処する。

第九十二条 第八十三条第二項の規定に違反した者は、これを五千円以下の罰金に処する。

附則

第九十三条 この法律は、昭和二十二年四月一日から、これを施行する。但し、第二十二条第一項及び第三十九条第一項に規定する盲学校、聾学校及び養護学校における就学義務並びに第七十四条に規定するこれらの学校の設置義務に関する部分の施行期日は、勅令で、これを定める。

第九十四条 左に掲げる法律及び勅令は、これを廃止する。
 公立学校職員年功加俸国庫補助法
 現役国民学校職員俸給費国庫補助法
 現役青年学校職員俸給費国庫補助法
 青年学校教育費国庫補助法
 国民学校令
 青年学校令
 中等学校令
 師範教育令
 専門学校令
 高等学校令
 大学令
 盲学校及聾唖学校令
 幼稚園令
 私立学校令
 教育免許令
 学位令

第九十五条 義務教育費国庫負担法の一部を次のように改正する。
 第一条 公立ノ小学校及中学校ノ義務教育ニ従事スル職員(勅令ヲ以テ定ムルモノヲ除ク)ノ俸給、特別加俸死亡賜金及勅令ヲ以テ定ムル旅費ノ為都道府県ニ於テ要スル経費ノ半額ハ国庫ニ於テ之ヲ負担ス
 第二条中「北海道地方費及府県」を「都道府県」に改める。
 第九十六条 第三十九条第一項に規定する保護者の義務は、昭和二十二年度においては、子女の満十三才に達した日の属する学年の終りまでとする。
 当分の間昭和二十三年度以降における、第三十九条第一項に規定する保護者の義務に関しては、勅令で、これを定める。
 第九十七条 この法律施行の際、現に存する従前の規定による国民学校、国民学校に類する各種学校及び国民学校に準ずる各種学校並びに幼稚園は、夫々これらをこの法律によって設置された小学校及び幼稚園とみなす。
 第九十八条 この法律施行の際、現に存する従前の規定(国民学校令を除く。)による学校は、従前の規定による学校として存続することができる。
 前項に規定する学校は、文部大臣の定めるところにより、従前の規定による他の学校となることができる。
 前二項の規定による学校に関し、必要な事項は、文部大臣が、これを定める。
 第九十九条 前条に規定する学校に係る教員免許状の効力、授与その他に関しては、第九十四条の規定にかかわらず、文部大臣の定めるもののみ、なお従前の例による。
 第百条 従前の規定による学校が、第一条に掲げる学校になった場合における在学者に関し必要な專項は、文部大臣の定めるところによる。
 第百一条 従前の規定による学校の卒業者の資格に関し必要な事項は、文部大臣の定めるところによる。
 第百二条 第二条の別に法律で定める法人とは、当分の問、農業会その他これに準ずる公共団体又は民法による財団法人とする。但し、盲学校、聾学校、養護学校若しくは幼稚園又はこの法律施行の際、現に存する従前の規定による学校で、民法による財団法人でないもの又はその設置者が民法による財団法人でないものの設置者は、当分の間、民法による財団法人であることを要しない。
 第百三条 小学校及び中学校には、第二十八条の規定(第四十条において準用する場合を含む。)にかかわらず、当分の間、養護教諭は、これを置かないことができる。
 第百四条 市町村は、第三十一条の規定(第四十条において準用する場合を含む。)にかかわらず、当分の間、学齢児童及び学齢生徒の全部又は一部の教育事務を、国、都道府県又は私立学校を経営する法人若しくは私人に委託することができる、
 私立学校においては、前項の規定により委託を受けた義務教育については、授業料を徴収することができない。
 第百五条 中学校は、当分の間、尋常小学校卒業者及び国民学校初等科修了者に対して、通信による教育を行うことができる。
 前項の教育に関し必要な事項、文部大臣の定めるところによるは。
 第百六条 第三条、第六条第二項、第八条、第十一条、十二条第二項、第二十条、第二十一条第一項、第二十二条第二項、第三十八条、第四十三条、第四十五条第二項、第四十七条、第四十八条第二項、第四十九条、第七十三条、第七十九条、第八十三条第四項及び第八十八条の監督庁並びに第四条及び第二十三条に規定する定をなす権限を有する監督庁は、当分の間、これを文部大臣とする。但し、文部大臣は、その権限を他の監督庁に委任することができる。
 第百七条 この法律において、市町村立小学校の管理機関とは、当分の間、市町村長とし、都道府県監督庁とは、当分の間、東京都長官、北海道庁長官又は府県知事とする。
 第百八条 従前の学位令による学位は、第九十四条の規定にかかわらず、第九十八条の規定による大学において、文部大臣の定めるものの外、なお従前の例により、これを授与することができる。

 「文部科学省ホームページ」より

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1906年(明治39)政府が全国17の私鉄を買収することを定めた「鉄道国有法」を公布する詳細
物理学者朝永振一郎の誕生日詳細
1939年(昭和14) 「国家総動員法」第6条に基づいて、「賃金統制令」(昭和14年勅令第128号)が公布される詳細
「国家総動員法」第6条に基づいて、「従業者雇入制限令」(昭和14年勅令第126号)が公布される詳細
「国家総動員法」第6条に基づいて、「工場就業時間制限令」(昭和14年勅令第127号)が公布される詳細
1944年(昭和19)松竹少女歌劇団が解散し、松竹芸能本部女子挺身隊を結成する詳細
1947年(昭和22)旧「教育基本法」が公布・施行される詳細
1987年(昭和62)日本国有鉄道(国鉄)が115年の歴史に幕を下ろす(翌日から分割・民営化)詳細

mitsuimiiketankou001
 今日は、平成時代の1997年(平成9)に、福岡県の三井三池炭鉱が閉山し、124年の歴史を閉じた日です。
 三井三池炭鉱(みついみいけたんこう)は、福岡県大牟田市に、平成時代の1997年(平成9)まであった炭鉱です。この地での石炭掘削の歴史は古く、室町時代には発見されていたと伝えられ、江戸時代には、三池藩の直轄で行われていました。
 明治維新後の1873年(明治6)には、工部省がこれらの炭鉱の官有を決定して、開発します。しかし、1889年(明治22)に民間に払い下げられて、三井財閥の所有する所となり、かの団琢磨が技師として、腕を振るい、かつての大炭坑地帯を形成しました。
 太平洋戦争後、石炭産業が斜陽化していく中で、1959年(昭和34)に三井三池争議が勃発して、大きな社会問題となります。1963年(昭和38)には、三川鉱で爆発事故が発生して 458人の犠牲者を出しました。
 その後、石炭需要の減少により、1997年(平成9)3月30日閉山するに至ります。閉山後、関連施設が国の重要文化財や史跡に指定されました。
 また、2007年(平成19)11月30日に経済産業省により、近代化産業遺産として三池炭鉱関連遺産が認定されます。さらに、宮原坑と万田坑は、2015年(平成27)に「明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼,造船,石炭産業」として世界遺産の文化遺産に登録されました。

〇三井三池炭鉱関係略年表

・1469年(応仁3) 農夫の伝治左衛門が三池郡稲荷(とうか)村の稲荷山(現在の大牟田市大浦町付近)で「燃ゆる石」(石炭)を発見したとされる
・1721年(享保6) 柳河藩家老、小野春信が藩主より土地を拝領し、平野鷹取山(高取山)にての石炭採掘が始まる
・1738年(天文3) 久留米藩の文書に稲荷山での石炭採掘に関する記述が見える
・1790年(寛政2) 三池藩が領内での採炭および販売に関する規則である、「石山法度」が発布される
・1853年(嘉永6) 三池藩が生山を開坑する
・1857年(安政4) 平野山のほぼ南側に位置する生山と、平野山の間部(坑道)がつながってしまうという事件が起こり、両坑(両藩)の境界争いがはじまる
・1873年(明治6) 明治政府の官営事業となり、鉱山寮三池支庁を設置する
・1876年(明治9) 三井物産会社が設立され、官営三池炭鉱の輸送・販売を一手に取り扱かう
・1878年(明治11)11月21日、大浦坑で斜坑運搬に、従来は人力であったのを汽力曳揚機を使用する
・1883年(明治16) 三池集治監開庁。囚人労働が本格化する
・1888年(明治21) 払い下げにおける競争入札で三菱と激しく争った結果、三井組(三井財閥)が落札する
・1889年(明治22) 三井組の経営となり、團琢磨(団琢磨)が最高責任者(事務長)に任命される
・1891年(明治24) 三池横須浜 - 七浦坑に蒸気機関車による運炭鉄道が開通(三池炭鉱専用鉄道)する
・1892年(明治25) 三井鉱山が創立され、團(団)のもとで炭鉱経営の近代化、合理化が進められる
・1894年(明治27) 三池勝立坑の第一立坑が完成する
・1898年(明治31) 宮原坑で操業開始する
・1908年(明治41) 三池港が開港する
・1913年(大正2) 三池ガス発電所が運転開始する
・1918年(大正7) 待遇改善を求める万田坑(熊本県玉名郡)作業員らの不満が米騒動(1918年米騒動)に発展。暴動が大牟田一帯の各炭鉱に飛び火し、鎮圧のために歩兵第48連隊が出動[10]。
・1923年(大正12) 三池炭鉱専用鉄道の電化が完成する
・1924年(大正13) 宮原坑の馬匹運搬を全廃(1930年末までに全鉱で廃止)する
・1925年(大正14) 宮ノ浦坑で採炭に火薬を使用、穿孔に手動ホーガーを使用する
・1930年(昭和5) 坑内請負制度・女子の入坑を廃止、囚人の採炭作業を廃止する
・1931年(昭和6) 三池集治監が閉庁する
・1940年(昭和15) 三川坑が竣工する
・1949年(昭和24)5月29日 昭和天皇が行幸する
・1958年(昭和33) 日鉄鉱業が高田町で有明炭鉱の開発を開始する
・1960年(昭和35) 三池争議が起きる
・1963年(昭和38)11月9日 三川鉱炭じん爆発事故で、458人死亡、一酸化炭素中毒患者839人を出す
・1967年(昭和42)7月 一酸化炭素中毒患者家族会の主婦66人が同月14日から20日にかけて三川鉱坑底で座り込みを行う
・1972年(昭和47) 三井鉱山が日鉄鉱業から有明炭鉱を取得する
・1973年(昭和48) 三井鉱山は、石炭採掘部門を分離独立する形で、全額出資の三井石炭鉱業を設立する
・1976年(昭和51) 開発再開により着炭(石炭層に到達)していた有明炭鉱から営業出炭を開始する
・1977年(昭和52) 有明炭鉱と三池炭鉱を結ぶ連絡坑道が開通し、両炭鉱を合併。有明炭鉱は三池炭鉱有明鉱となる
・1978年(昭和53)4月30日 四ツ山鉱で炭車が暴走して人車に激突、1人が死亡、103人が重軽傷を負う
・1984年(昭和59)1月18日 有明鉱坑内火災事故により83人死亡、一酸化炭素中毒患者16人を出す
・1997年(平成9)3月30日 三池炭鉱が閉山する
・2005年(平成17)4月 三池労組が解散する
・2015年(平成27)7月 宮原坑・万田坑・専用鉄道敷跡が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として世界遺産に登録される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

585年(敏達天皇14)物部守屋の仏教排斥により、仏像・寺院等が焼打ちされる(新暦5月4日)詳細
1212年(建暦2)鴨長明が『方丈記』を書き上げる(新暦4月22日)詳細
1827年(文政10)医学者・蘭学者大槻玄沢の命日(新暦4月25日)詳細
1939年(昭和14)文部省は「大学教練振作ニ関スル件」を発して、大学での学校教練が必修化する詳細
1945年(昭和20)「翼賛政治会」を解散し「大日本政治会」が結成される詳細
1946年(昭和21)連合国最高司令官に対し、「米国教育使節団第一次報告書」が提出される詳細
1959年(昭和34)砂川闘争に関して、砂川事件第一審判決(伊達判決)が出される詳細
1985年(昭和60)小説家・翻訳家野上弥生子の命日詳細

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 今日は、江戸時代前期の1683年(天和3)に、八百屋お七が鈴ヶ森刑場で火炙りの極刑に処せられた日ですが、新暦では4月25日となります。
 八百屋お七(やおやおしち)は、江戸時代前期の1668(寛文8)に、江戸・本郷追分の八百屋太郎兵衛の娘として生まれたとされています。1682年 (天和2年12月28日) の天和の大火で円乗寺に避難の際、寺小姓山田佐兵衛と情を通じました。
 家に戻った後、吉祥寺門前に住むならず者吉三郎にそそのかされ、火事があれば庄之助と会えると思い込み、翌年3月2日夜放火して捕らえられました。その結果、火付の大罪人として、1683年(天和33月29日)に、鈴ヶ森刑場で火炙りの極刑に処せられます。
 事件後3年目の1686年(天和6)に、井原西鶴の『好色五人女』に書かれて以後、元禄年間(1688~1704年)には歌祭文にうたわれて有名になり、広く劇化されるようになり、浄瑠璃・歌舞伎で上演・脚色されました。

<八百屋お七を取り上げた作品>

・浮世草子『好色五人女』(1686年)井原西鶴著
・浄瑠璃『八百屋お七歌祭文』(1704年)紀海音(きのかいおん)作
・歌舞伎『お七歌祭文』(1706年春)大坂嵐三右衛門座、吾妻三八作
・浄瑠璃『八百屋お七恋緋桜(こいのひざくら)』(1717年)
・浄瑠璃『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』(1773年)
・歌舞伎『其往昔(そのむかし)恋江戸染』(1809年3月)森田座、福森久助作

〇天和の大火(てんなのたいか)とは?

 江戸時代前期の1683年1月25日(天和2年12月28日)正午頃に江戸・駒込の大円寺(現在の東京都文京区向丘一丁目)から出火した大火です。その後、隣の同心屋敷に延焼し、本郷方面に燃え広がり、加賀藩前田家の上屋敷も炎上しました。
 続いて、本郷から湯島・神田方面から、柳原の土手沿いに東に向かい、浅草橋門も焼失し、隅田川を飛び越えて、回向院に飛び火します。そして、回向院もまもなく焼失、さらに隅田川沿いに南下して、霊厳寺、富岡八幡宮も焼失させて、ようやく翌日の午前5時頃に鎮火しました。
 この大火によって、焼失した大名屋敷は73、旗本屋敷166、寺社95にも及び、死者は最大3,500名余と言われ、江戸の十大火事の一つとされています。これにより、両国橋も焼け、本所の開発は中止となり、深川芭蕉庵も焼けて、俳聖・松尾芭蕉は水に潜ってかろうじて助かりました。
 また、井原西鶴著『好色五人女』でも取り上げられ、その登場人物で八百屋の娘お七の名を取って、「お七火事」とも称されています。

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

730年(天平2)奈良・薬師寺の三重塔(東塔)が建立されたとされる(新暦4月20日)詳細
1401年(応永8)第101代の天皇とされる称光天皇の誕生日(新暦5月12日)詳細
1897年(明治30)金本位制の「貨幣法」が公布される詳細
1909年〈明治42〉文芸評論家・小説家・劇作家花田清輝の誕生日詳細
1911年(明治44)「工場法」が公布される詳細
1933年(昭和8)「米穀統制法」が公布される詳細
1939年(昭和14)詩人・建築家立原道造の命日詳細
1952年(昭和27)「文化財保護法」で、タンチョウ、トキ、オオサンショウウオ等が初の特別天然記念物に指定される詳細

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 今日は、明治時代前期の1876年(明治9)に、「廃刀令」(明治9年太政官布告第38号)が発布された日です。
 「廃刀令」(はいとうれい)は、明治時代前期の1876年(明治9)3月28日に、発布された、大礼服着用者・勤務中の軍人や警察官吏以外は刀を身に付けることを禁止する「明治9年太政官布告第38号」のことで、正式名称は、「大禮服竝ニ軍人警察官吏等制服著用ノ外帶刀禁止の件」と言い、「帯刀禁止令」とも呼ばれています。1870年(明治3)に、庶民の帯刀禁止令が出され、翌年には、帯刀・脱刀を自由とする「散髪脱刀令」が発せられたものの、帯刀は士族身分の象徴として保守的な士族を中心に続けられました。
 1873年(明治6年)の「徴兵令」施行により、士族の帯刀は不都合だとされ、1875年(明治8年)12月に、陸軍卿山県有朋が帯刀の必要はなくなったとして廃刀を建議します。そこで、本太政官布告が発布されたのですが、これによって、士族の封建的諸特権はことごとく奪われることとなり、神風連の乱や西南戦争のような不平士族の反乱が起こる要因ともなりました。
 大平洋戦争敗戦後の1946年(昭和21)に、「銃砲等所持禁止令」(昭和21年勅令第300号)の施行により刀剣類の所持が禁止されたことで、本太政官布告は実効性が喪失され、1954年(昭和29年)7月1日の「内閣及び総理府関係法令の整理に関する法律」(昭和29年法律第203号)第4号により、廃止されています。

〇「廃刀令」(明治9年太政官布告第38号) 1876年(明治9)3月28日発布

大禮服竝ニ軍人警察官吏等制服著用ノ外帶刀禁止

 自今大禮服著用竝ニ軍人及ヒ警察官吏等制規アル服著用ノ節ヲ除クノ外帶刀被禁候條此旨布吿候事

 但違反ノ者ハ其刀可取上事

 「ウィキソース」より

☆「廃刀令」関係略年表

・1869年(明治2年3月) 公議所が開かれたとき、制度寮撰修森有礼は佩刀禁止を提議するも、否決される
・1870年(明治3年) 庶民の帯刀が禁止される
・1871年(明治4年8月9日) 帯刀・脱刀を自由とする「散髪脱刀令」が発せられる
・1873年(明治6年) 「徴兵令」施行により、士族の帯刀は不都合だとされる
・1875年(明治8年)12月 陸軍卿山県有朋が徴兵令により武士の帯刀の必要はなくなったとして廃刀を建議する
・1876年(明治9年)3月28日 「廃刀令」が発布される
・1946年(昭和21年) 「銃砲等所持禁止令」(昭和21年勅令第300号)の施行により刀剣類の所持が禁止されたことで、本太政官布告は実効性を喪失する
・1954年(昭和29年)7月1日 「内閣及び総理府関係法令の整理に関する法律」(昭和29年法律第203号)第4号により、太政官布告が廃止される

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1052年(永承7)藤原頼通が宇治の別荘を平等院と命名する(新暦4月29日)詳細
1312年(正和元)京極為兼が『玉葉和歌集』(二十一代集の14番目)を撰進する(新暦5月5日)詳細
1682年(天和2)連歌師・俳人・談林派の祖西山宗因の命日(新暦5月5日)詳細
1868年(慶応4)神祇官事務局達(いわゆる神仏判然令)が出される詳細
1920年(大正9)平塚らいてうら70名によって、新婦人協会の発会式が行われる詳細
1929年(昭和4)「国宝保存法」が公布される詳細
1940年(昭和15)内務省がミス・ワカナ、ディック・ミネ、藤原釜足ら16人に改名を命令する詳細
1993年(平成5)東京都立の「東京都江戸東京博物館」が開館する詳細

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 今日は、江戸時代後期の1864年(元治元)に、攘激派藩士・郷士・神官・村役人ら60余人が、筑波山に挙兵し、天狗党の乱が始まった日ですが、新暦では5月2日となります。
 天狗党の乱(てんぐとうのらん)は、幕末明治維新期に、水戸藩尊攘激派(天狗党)による筑波山挙兵とそれを契機に起った一連の争乱のことで、元治甲子の乱(げんじかっしのらん)とも呼ばれています。1863年(文久3年8月18日)の八月十八日政変を機に、水戸藩では、保守派の諸生(しょせい)党が実権を握りますが、これと対立する天狗党はついに朝廷の攘夷延期不満を掲げて、1864年(元治元年3月27日)に、藤田小四郎をはじめとする尊攘激派藩士・郷士・神官・村役人ら60余人は、徳川斉昭の神位を奉じて筑波山に挙兵しました。
 この天狗党には、全国から尊攘運動有志が集まり、1000人以上を数えたといわれていますが、当初は攘夷祈願のため日光に向います。その後、下野国太平山に屯集し、5月には再び筑波山に戻りましたが、軍資金不足から、近在の諸藩や豪農商に金穀を強要して嫌われました。
 幕府が諸藩に追討を命ずると、諸生党の天狗党攻撃も激化し、水戸藩内の党争が泥沼化したものの、それに敗北します。窮地に陥った天狗党は、在洛中の一橋慶喜を頼って、武田耕雲斎を総大将として大挙西上したものの、中山道を経て、越前国敦賀で、同年12月17日に、金沢藩に降伏して、終結しました。
 その後、敦賀の鯡倉に監禁されましたが、翌年2月4日、幕命によって武田耕雲斎ら幹部24名が来迎寺境内において斬首され、2月23日までに、天狗党の乱関係者計324名が斬刑に処せられています。

〇天狗党の乱関係略年表

<安政五年(1858年)>
・7月 水戸藩前藩主徳川斉昭が将軍継嗣・通商条約調印の二問題をめぐって大老井伊直弼と対立し、謹慎処分を受ける
・8月8日 孝明天皇から戊午の密勅が水戸藩に降下される

<万延元年(1860年)>
・3月 桜田門外の変が起きる

<文久元年(1861年)>
・5月 東禅寺事件が起きる

<文久2年(1862年)>
・1月 坂下門外の変が起きる

<文久3年(1863年)>
・5月 藤田小四郎は一橋慶喜に追従して江戸に戻る
・8月18日 八月十八日の政変により長州藩系の尊攘派が京都から一掃され、急進的な尊王攘夷運動は退潮に向かう

<元治元年(1864年)>
・3月27日 藤田小四郎をはじめとする尊攘激派藩士・郷士・神官・村役人ら60余人は、斉昭の神位を奉じて筑波山に挙兵し、天狗党と呼ばれる
・4月3日 天狗党が野州日光山へ向かって出発する
・5月30日 太平山を下り、再び筑波山に戻る
・6月 真鍋宿をはじめ、足利・桐生・大間々・結城などの町で放火・略奪・殺戮を働き、天狗党が暴徒集団として明確に認識される原因を成し、幕府は筑波勢追討令を出して常陸国・下野国の諸藩に出兵を命じ、直属の幕府陸軍なども動員する
・7月7日 幕軍・諸藩軍・諸生党は、高道祖(たかさい)村(現在の茨城県下妻市)、下妻多宝院などで、天狗党と交戦したが敗退する
・7月24日 水戸に向かったが城下に入れなかった
・7月25日 茨城郡鯉淵村(現在の水戸市鯉淵)など近隣四十数か村が幕府軍に呼応して挙兵する
・月26日 諸生党が激派追討のため水戸城周辺の村々へ足軽の動員をかけると、領民が続々と参加を願い出る
・7月29日 幕府軍と諸生党は合流してに茨城郡下土師(現在の茨城町下土師)で田中愿蔵の部隊を攻撃し、これを撃破する
・8月4日 水戸藩主徳川慶篤は、争乱鎮静化のため、連枝の宍戸藩主松平頼徳を名代として水戸に遣わす
・10月5日 幕命により、松平頼徳が切腹する
・10月23日 那珂湊の合戦で榊原ら千人余が投降する
・11月1日 天狗党は、武田耕雲斎を総大将として京都に上るため、大子を出発する
・11月11日 武蔵国岡部藩は、天狗党の接近を察し、藩兵数十人および大砲二門を配備して領内に本陣を構える
・11月13日 中瀬村(現在の深谷市中瀬)に渡河してきた天狗党に対し、岡部藩は夜襲を仕掛けて撃退し、佐藤長次郎を捕縛し数名を討取る
・11月14日 この日の戦闘も岡部藩が勝利し、天狗党は逃走する
・11月16日 上州下仁田において、天狗党は追撃して来た高崎藩兵200人と交戦し、天狗党死者4人、高崎藩兵は死者36人を出して敗走する(下仁田戦争)
・11月20日 信州諏訪湖近くの和田峠において高島藩・松本藩兵と交戦し、双方とも10人前後の死者を出したが天狗党が勝利する(和田峠の戦い)
・12月2日 圓勝寺(現在の岐阜県本巣市金原)に宿泊した際には、薩摩藩士の中村半次郎と面会する
・12月11日 天狗党一行は越前国新保宿(現在の福井県敦賀市)に至る
・12月17日 追討軍に追われて敦賀で武装解除して降伏し、天狗党の乱は終結する

<慶応元年(1865年)>
・1月 敦賀の鯡倉に監禁される
・2月4日 武田耕雲斎ら幹部24名が来迎寺境内において斬首される
・2月23日 天狗党の乱関係の斬首が終わる(計324名)

〇同じ日の過去の出来事(以前にブログで紹介した記事)

1689年(元禄2)松尾芭蕉が曾良と共に深川から『おくのほそ道』の旅に出発(新暦5月16日)詳細
1837年(天保8)元大坂東町奉行所与力・陽明学者大塩平八郎が市中潜伏中に幕吏に囲まれ、自刃する(新暦5月1日)詳細
1918年(大正7)「市町村義務教育国庫負担法」が公布(施行は同年4月1日)される詳細
1919年(大正8)「結核予防法」(大正8年法律第26号)が公布される詳細
1926年(大正15)歌人島木赤彦の命日(赤彦忌)詳細
1933年(昭和8)昭和天皇が「国際連盟脱退ノ詔書」を出し、日本政府が国際連盟事務局に国際連盟脱退の通告を行なう詳細
1968年(昭和43)厚生省が「イタイイタイ病の原因に関する研究」を発行、カドミウム汚染の状況が明らかにされる詳細
1998年(平成10)小説家・ノンフィクション作家山本茂実の命日詳細



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