川端康成『死体紹介人』読了

新潮社 川端康成選集 第三巻「雪国」から

【あらすじ】
主人公の朝木新八は苦学生で、下宿代がないので歯科医院に居候している。
その歯科医師が帽子修繕屋に、安い勉強部屋はないかと聞いてくれた。
修繕屋の爺さんは、家の二階を女車掌・ユキ子に貸しているが、昼間は居ないので、間代を半分持つといえば喜ぶに違いないという。
こうしてひとつの部屋を、昼間は新八、夜はユキ子が使うという生活が始まった。
ところが間もなくユキ子が病に倒れる。
大家はユキ子の実家に手紙を書くが返信もなく、新八と大家とでユキ子の弔いをしなければならなくなる。
困った新八は、ユキ子を内縁の妻と偽って大学病院に解剖の材料として提供する。
しばらくして、ユキ子の妹・千代子がやって来て「姉の遺骨が欲しい」と言い出す。
遺骨がないことに困った新八は、火葬場を訪ねると、娼婦だった姉の骨を拾っているたか子という女から遺骨を分けてもらうことになる。
新八は千代子に《ユキ子の骨》と偽って《たか子の姉の骨》を渡した縁でやがて結婚するが、千代子も姉と同じように亡くなってしまう。
新八は千代子の遺体も大学病院に寄付することにした。
千代子の通夜の晩、骨を分けてもらったたか子が訪ねてきた。
新八とたか子は千代子の遺体の前で愛を誓いあうのだった。
【感想】
この話は元々、作者が新八に『Box and Cox』という茶番劇の話をさせるところから始まる。
『Box and Cox』は、ジョン・マディソン・モートンが書いた喜劇で、1846年にパリで上演され人気を博したものだった。
内容は、二人の男が悪徳家主に騙されて一つの部屋に住むが、二人はすれ違いで自分の部屋をもう一人の男が使っていることにお互い気づかない、という茶番劇。
作者はこれを題材に物語を始めるが、やがて新八とユキ子の見知らぬ者どうしの生活は、ユキ子の死により別の展開をみせていく。
ユキ子の弔いに困った新八が、大学病院の助手をしている友人の提案で遺体を献体することから、貧乏人の葬式の救済者として死体紹介人となっていくという話になっていく。
この話が書かれたのは昭和初期だが、発表されたより以前の時代の弔いは、法的にもそんなにルーズなものだったのかと驚いた。
焼き場の裏に、引き取り手のない骨が山のようになっているとか、書類上内縁の妻ということすれば遺体を大学病院に簡単に提供できたりとか。。。
作者はこの作品を通して、生死や貧富の美醜を問いたかったのかも知れないが、私は遺体の話よりも物語の序盤の《ひとつの部屋を2人でシェアする話》の情景が好きだった。
例えばこんなところ
新八とユキ子はひとつの部屋を借りているが、ユキ子の方は新八とは面識がなかった。新八の方は偶然乗ったバスの車掌がユキ子だったことで彼女をひそかに知っていた。
( ユキ子の ) 髪はすつかり大黒帽の中へ丸め込むためにうしろを吊り上げてゐる。首すじの生え際の余り揃ってゐないのが却つてよく、うぶ毛がばうばう生えてゐる。
~中略~
いつも彼女は心もち膝を開いて立つてゐる。座席があいてゐても腰かけない。車が揺れて二三歩よろめく時だけ、ふいと内足になる。
「その内足が、びつくりする程女らしいんで。」
p.222
ユキ子と新八の暮らしぶりの印象的だった。
「ユキちゃん」といふ呼び名を新八の耳に親しませたのは、帽子修繕屋の婆さんだった。しかし、娘の名に「ちゃん」をつけて呼んだりなぞしたことのない彼はいつも、「ゐますか。」と二階を指さして見せるだけだった。
「ゐますよ。」ならば帽子修繕屋の店先からそのまま、蔵前の電車道の歯科医院へ引き返す新八だった。
p.225
二階の彼女の⸻そして彼のともなる部屋は、通りに向いた窓際に、安い塗薬の匂ひがする粗末な机があるきりで、その外は灰色の壁と押入れの襖だけだった。翌る日から新八はその二階に通つた。その次の日は机の上に茶盆があつた。湯飲が二つ⸻紅で伊勢蝦を描いた古いのは伏せてあり、藍で竹の葉の描いた新しいのは上向いてゐた。急須の蓋を取ると、新しい番茶が匂つた。
「一つの湯飲は私のために、その娘がわざわざ買つてくれたのだと思ひました。私は若い娘から、かういふ心づくしを見せられたのは初めてでした。」と、新八は話がながら私に言つた。
小さい瀬戸火鉢に炭団を埋めて、湯沸しがかけてあつた。彼は机の下からめりんすの座布団を引つぱり出して、女の湯飲で番茶を飲んだ。机の抽斗を引つぱつてみた。二つとも鍵がかかつてゐた。
これらのことは、それから四月ばかりの間、毎日同じであつた。彼女は机に鍵をかけることも、炭団を埋めることも、一日として忘れなかつた。畳に赤い糸くずの落ちてゐることもなかつた。壁にはいつも細紐一つかかつてゐなかつた。女らしい生活の息づかひをしてゐるのは、恐らく押入の中だけらしかつた。その襖をあけてみることはさすがにしなかつたが、彼はいつも彼女の湯飲で番茶を飲んだ。
p.227
折角、自分用の湯飲みを用意してくれているにも関わらず、彼女の方の湯飲みを使う男のキモさに笑ってしまう。
物語は、この《すれ違いの2人》の話だけで続いても面白いのになあと思ったが、作者は意外な展開にしている。
因みに『Box and Cox』という言葉を調べたら、英国の劇作家Mortonが1847年に書いた「Box and Cox」という喜劇から転じて、《一つの役を交代で演じる二人》《一つの仕事を交代で務める二人》《すれちがいで会うことのない二人》《同じ場所に同時に居合わせることのない二人》という英語の比喩表現にもなっているらしい。
日本のサイトでは書かれていないが、ジョン・マディソン・モートンはこんな方だった。
2025年11月29日 昼ごはん
鴨蕎麦


2025年11月29日 夜ごはん

ひらめの刺身

とてもとてもねっとり甘くておいしゅうございました

