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社会保険料を下げる「意識改革」を提言します


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・2025年12月24日:『少子高齢化社会』『経済停滞と成長阻害』の最大の障壁である社会保障費の増大を抑制し、社会保険料を下げるために医療関係者の意識改革を徹底して欲しい

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(医療費抑制、社会保険料を下げる、社会保障改革、意識改革、老化を病気と呼ばない、生物には必ず死が訪れる、高市政権応援、マスゴミ偏向報道、延命治療凍結、業界癒着)

●高齢者への過剰な医療行為を止めるためには、、

 少し前に書いた『社会保障費の改革』のうち、一番の問題とX上でも盛んに議論が飛び交っている『高齢者医療の問題』『医療費の負担率』について、個人的にも大きな問題であるとともに、今の日本のマスゴミやダメディア(隠れ左翼という異様なリベラリズムが問題を大きく歪めてしまっていると考えている。本来は優秀で知性も高く、正義感も人間性も兼ね備えている方々が多い医療従事者(特に治療を担当する医師)には、どの患者も平等に治療して日常生活に戻してあげたいという使命感に満ちていると思う。しかしながら、人間を含めた生物は永遠には生きることができない宿命があり、それを無視して生かし続けることにもまた問題と悪意を感じている人も多いと思う。
 そういう真っ当な医療従事者の足枷となっているのは、マスゴミの似非ヒューマニズムに(洗脳)毒された患者の家族であり、もう一方は利益を出したい業者や経営者なのではないだろうか?どのような状態であっても(意思を持っていなくても、また一人で家で生きていくことが困難な状態になっていても)高齢の患者が生き続ける限り、彼らには幾らでもお金が入ってくるからだ。それは、生物としての人間としての患者自身の尊厳を貶めているとともに、対応している医療従事者を疲弊させることになる。
 これは明らかに「軽すぎる医療費負担」と「高齢者への過度な給付」という欠陥システムの弊害であろう。そして、医療従事者の方々は非常に真面目で使命感が強いな方が多く、頼まれたら色々な手段で治療を試みたくなるのではないか?だから、際限なく対応してしまうのだ…。
 そこで、非常にシンプルにこのような過剰な医療行為を止める考え方を提言したい。それは、75歳以上の高齢者の場合には、余程のことが無い限り『病名を付けない』ようにすれば良いのではないだろうか。医療関係者が患者を診断する際に、そのように『意識改革』させていけばどうだろうか。例えば、俗にいう「認知症」については高齢者が脳の老化等で一定の確率で発生することは不可避なので、これを『曖昧状態』(虎眼流の創始者の状態)として一般の病院で治療することはしないようにする。これを高価なクスリなどで治すことに、社会には何のメリットも無い。この状態になったら高齢者用のケア施設で対応し、必要とあれば本人や家族が若い頃から保険等で事前に備えておき、治療は(ほぼ)全て自費とするのが良い。同様に、「ガン」も細胞の老化等で高齢になるほど発生率が高くなることは不可避なので、これを『(細胞)老化状態』と呼ぶことにすれば良い。こちらもわざわざ高価なクスリを使うメリットが無いだけではなく、ガン細胞自身の老化で治療しないほうが長生き出来る可能性もある。なので、これらも75歳以上には社会保険からの補償は無くし、各自が保険等で治療費の全額負担に備えておくことにすれば良い。
 がん治療中の体験談から実際のガン治療施設の状況をよく知っているのだが、「高額医療費上限」を軽く超えるような高額な治療薬を、何時間もかけてベッドで投与されている患者の8~9割は70歳以上の高齢者(男女問わず)だ。時間はたっぷりとあるし支払う治療費も1割程度なので困らないのだろう。しかも、治療しても家に帰れば転倒したり認知が低下しているような、他にも多くの加齢による問題を抱えているのに、だ…。
 逆に、私も悩んだが、現役世代や若年層では限られた時間を制約されることや治療費が大きな負担になるので、治療を諦めたり延期したりするようになる。高額医療費の上限があると言っても、手取りが少ない中で毎月9万円弱(4カ月目からは4.5万弱)は余りにも大きい。⇒年収によってはもっと高額になる場合もある。。そして、仕事を欠勤するので給与も減少するという2重苦だ…。
 はっきり言えば、現役世代の就労者や若年層の場合にこそ、治療費負担を1割や無料(生活保護者ではなく)にして貰いたい。実際に社会に戻って貢献できる人に使ってこそ、”社会保障”として強制的に徴収されても納得できる制度なのではないのか?高齢者は過去に払っていたというが、それも当時の同年代同士で支え合う”社会保障”として機能していた訳であり、既にその役割を終えているのであれば、いかに人間らしく生きて往生を遂げるのか?尊厳を守ったまま家族や友人と別れを告げるのか?ということに高齢者も『意識改革』を果たして、社会との関わり方をよく考えて行動してもらえれば、マスゴミとカネの亡者によって形成された「社会の分断」もなく、お互いを認め合う社会を取り戻せるではないだろうか。
 
…こういった考えの先には、「尊厳死」もあると思っていて、それもいずれ書きたい…。

 

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