
ご飯を食べていくために働く
生きていくために働く
時々、耳にする言葉です。
でもお金は食べ物か?と言われたら、ご飯にはならない。
働いてご飯を食べるには、ご飯を作ってくれる人が必要。家事をしてくれる人が必要。食材を売ってくれる人が必要。お米や野菜を作ってくれる人、魚を獲ってくれる人が必要。そもそも、作物が育つ土地・綺麗な水が必要。太陽が必要。
ご飯を食べていくお仕事って、生きるって、根っこはそこにあるものだと思うのです。
「いつまでも子供のような大人が増えた」
子供が幼いときに、一緒に遊ぶのはいい。心の健康にも娯楽は必要。けれどいくら豊かになりたいとて、何のためにというところを忘れているのでは…
先日、そんな耳が痛くなるお話を伺いました。
奇しくも同じ時期「貧しくないのに貧しいという現象が、なぜ社会で起こるのか」について、考える機会がありました。
知恵と感謝につながるお話。
色んなお仕事がありますけど、そこが無くなれば生活自体が無くなる。金狐舎の縁起物は「生きることへの働きかけ」に根ざしていないといけないなと考えました。

大黒鼠の豆色紙 ▶︎ https://futagoya3.base.shop/items/136648398
大黒鼠さんの後ろに飛んでいるのは、お米粒です。昔は、お米には八十八の神様が宿っているから大切にするんやで…と言われたものです。
稲穂を作ってくれるのはお稲荷様。お米を蓄えてくれるのは大黒様。歴を教えてくれる星の神様方は妙見様。金毘羅様は土地の鎮守・龍神・水分神の一面もある(実際、象頭山・箸蔵山の付近には酒造さんがあるのです)
命の豊かさは、これら土台の働きの上に成り立っている。
「食べていく」の意味を捉え直し、衣食住を支えてくれる仕事のこと。また、体そのものが私たちの住居でもありますから、体や生活を支えてくれるお仕事のことを考えつつ、制作してまいりたいと思います。