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思い出という魔除け

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年末年始「エクソシスト・信じる者」と「死霊館シリーズ」を何本か見ていました。

 

こうした映画の中では、悪魔ないし悪霊が憑く流れにパターンが見られます。

 

孤独・罪悪感・後悔や自信の無さ

 

それらを抱えた人間が媒介となり、いくつかの段階を経て悪魔がこの世に発現するという流れ。

 

ならば、その孤独感や罪悪感とどのように付き合うのか?

 

映画の中では「信仰」や「大切な繋がりから来る思い出」が鍵となっていました。

 

通常のエクソシスト系の映画では、悪魔祓いを行うのは資格を持つ神父であり、神と信仰持つ人間VS悪魔という構図がセオリー。

 

こちらで大切なのは、信仰です。

 

しかし「死霊館シリーズ」の一作目では、信心が薄く洗礼を受けていない家族が襲われ、神父ではない心霊研究家夫婦が悪魔祓いを行う…という内容になっていました。

 

こちらで鍵になっていたのは、家族との繋がりと、失いたくない大切な思い出でした。

 

他人にとって価値があるかどうかが分からないような、小さな繋がり・小さな思い出であっても、その人自信の命を守る大切な役割を担っている。

 

個人的に、信じるというのは「それらを大切に思う心を、まず素直に認める」ことから始まるのだと考えています。日常的な小さな信仰や、自分自身のことも含めて、ですね。

 

今回は映画のお話でしたが、悪魔悪霊とはいかずとも、現実でも心が彷徨って隙になることは多々ある。

孤独感や罪悪感なんて、簡単に生まれてしまうもののような気がします。

 

でも、それは自然なことでもある。

 

小さくてもキラリと光る何かを自覚しておくって、ちょっとした心の魔除けになるのかもしれませんね。

 

金狐舎は縁起物屋。

 

大切な思い出に繋がる縁起物を、今年も作ってまいります。

 

 

 

 




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