
今日の記事を読む前に⇧の記事をご一読いただけますと幸いです。
言葉の定義を明確にするため、お時間をいただきますがどうぞよろしくお願いします。
では本記事へ
愛知旅に出る前、別の方からさる龍神様のお守りをいただきました。椿大神社においては、三社龍神様達のお社が気になった。
何となく龍蛇づいていて、龍神様も大事にしなさいよ…ということなのかなと考えています。
そもそも、四国には龍神信仰のフィールドがある。四国をプリミティブと形容されている方がいらっしゃったのだけれど、確かにそうで。
自然信仰の存在感が強く、木・岩・水・土・星といった世界観との親和性が高い場所なのかもしれません。
その中で生きているのだから、命の根本にある自然の働きに目を向ける…という意味での龍神信仰は、大切にしなければいけませんね。
権現様と呼ばれる方に惹かれるのは、その奥に自然があるからなのかも。伏見のお稲荷様も、根本には山があってお水があって…ということなのではと思うのです。
人間も自然の一部。
自然から命を宿してもらって、初めて働ける。
お稲荷様は命の神様。お稲荷様に目を向けるなら、自然の働きの全てに目を向けないと…と。そういう角度で、龍神様=自然の働きに関心を寄せたいと思います。