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象徴としての阿吽

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ある御仁と会話をする中で、狼と狛犬の話になりました。

 

話の内容はまた違うものだったのだけれど、帰ってぼんやりとしていたところ「ああそうか、お仏像は神社からいなくなっても、阿吽という形で思想はそこに残っているのか」と気付く。

 

無いようで有る。

 

一度一つになったものは、全くもって無かったことにはならないのだなと、希望を持った日。

 

阿は始まり・吽は終わり

 

阿吽は一つで完結するものではなく、二つで一つとなる象徴。それが私には、神と仏の世界に見えています。

 

上下はなく、お互いに供養し合う…のだそう。一つのものが正しいのではなく、互いに譲り合って存在する。それを想うと、阿と吽の間に、全てがあるのだな…と。

 

大切なことを、お聞かせいただいた日。

 

 

 

 




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