
神様仏様に手を合わせることを肯定的に捉えられる状況というのは、嬉しいものなのだなと、お狐様たちを作っていて思うことがありました。
「神棚に手を合わせる・参拝する日常を、普通に思える人が増えたらええな」
暮らしに馴染んでいるものを、斜めから見る必要はない・大事なものは大事・シンプルでいいと縁起物をとおしてお伝えしていけたらいいのかもという気持ちが、ふと。
金狐舎は、塑像を中心に制作しておりますが
例えば狐の塑像は、お稲荷様が嫌いな人にお稲荷様を好きになってもらいたいというより、お稲荷様と共に暮らす方の日常と思い出を肯定したくて、報恩の気持ちで制作しているという一面がございます(そもそも、舎主の日常を大肯定したかったので)
自分自身が続けてきた(場合によっては親やご先祖様から引き継いできた)暮らしと…そこから生まれる記憶を肯定するものがあって、時間を潤しながら生活が送れることは幸せ。
金狐舎の、塑像を始めとする縁起物の意味は、そこにあるといいなと思っております。