台所には、氏子となっている神社から配られる竈の神様のお札が貼ってあります。
竈の神様は家の守り神。火災を防ぎ、竈の火を守る役割。昔は手で火を起こしていたし、そのための材料だっていつでも手に入る物では無い。古くは、家から竈の煙が立ち上っていることが、その家が栄えている証拠だったのだとか。
「朝な夕なに立ちのぼる煙はいとも高々に この家を守り給い…」という文言が竈神様の祝詞にあるが、舎主はこれがとても美しく感じて心に強く残っています。
昔々、まだ平成の頃。
夕方になると、帰路にある家の開け放した台所の窓から魚を焼く匂いがして、なんだか温かい気持ちになることがありました。
家に火が灯っているというのは、そういうことだと思っています。
一方、竈の火が暴れれば家は焼ける。これは物理的なこともあるけれど、心理的なところもあるのではと考えています。
何かに火がついて治らなければ、最も簡単に家庭は壊れる。日常は、誰かの努力が繋がりあって出来ている。家庭も会社も地域も。どのレベルでもそう。
腹に据えかねるようなことがあっても、お互いに治めどころを見つけなければ(関わらないという形であっても可)全てが灰となる。他を顧みない色恋を、火遊びとも言う。
自身の火が、大切なものを焼いてしまうキッカケにならないように。逆に、消えた竈には小さな火種を渡せるように。
そんなことを朝イチに考える場所。
それが、舎主にとっての竈神様のお札の前。
余談ですが、ローマ神話にもウェスタという炉の女神様がいます。民俗学・象徴学などがお好きな方は、ウェスタ信仰・ウェスタの巫女など、そちらのお話も調べてみると興味深いと思いますよ。