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異界

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山という異界が、人間には必要

 

それを意識し始めたのは、絵を描きながら山を訪れていた時でした。

 

今から10年ほど前、戸籍を取り寄せる前で、祖先のルーツがまだ明確ではなかった私は「人間であるというのは分かっているのだから、人間のルーツを知ろう」と、地球の歴史を調べながら地層や巨石のある場所・身体が惹かれる場所を訪れていました。

 

後々に、それがご先祖様が住んでいた時だったと、戸籍から知るわけですが。分からないうちは「私は一体、何をしているのだろう」と虚しくなることもありました。

 

そんなときに出会った、2冊の本。

 

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先祖の話 柳田國男 ソフィア文庫

異界を旅する能 安田登 ちくま文庫

 

異界を旅する能は、絵を迎えてくださった整体の先生から安田登先生の著書「あわいの力」を教えていただき、その流れで。

 

先祖の話は、土着信仰について調べる中で遠野物語に出会い、その流れで購入した記憶があります。

 

当時、絵の個展を開いていたのですが、個展も一つの異界です。作者という異界と、訪れた方の異界が出逢う相互関係を、そこに見ることが出来る。

 

舎主の場合、全ての始まりは感覚から〜という人間なので、ルーツ探しにしろ絵を描くことにしろ、動機を言葉にできないジレンマは常にあったのですが(孤独だったんだね)

 

こちらの2冊の本を読むことで「日常とは違う空間を訪れる必要性・そこでしか出会えないものを求める気質」を認める風土が日本にはあるようだと知り、希望が湧いたのを覚えています。

 

後々、そういうものが色濃く当たり前に残っているのが四国だと知るわけですが

(住んでいる人間からすれば、当たり前すぎて分からないし、外から来ても興味関心がなければ「地味で神聖さがない」と言わしめるようなものが、ちゃんと残っているらしい。お遍路もあり、民俗学的な方面や根源的な信仰に関心のある人が心を寄せる土地だったんですね。)

 

当時の経験が、山にある寺社を訪ねる今に繋がっています。稲荷山も、その一つ。


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一枚目の写真は伏見稲荷の、豊川大神様。そして、こちらは付近にいた黒猫ちゃん。さくらねこさんですね。林亭というお茶屋さんで、保護猫活動のための写真が売られています。

 

 

少し話はそれますが、山という異界で何に出逢うのかは、その時・その人によって変化します。

 

逢いたいものに逢えるとは限らない。

 

心であったり経験であったり、時間であったり天気や季節であったり。同じ日が一つもないのが、山という異界なのだなと思うのです。

 

あたたかい何かに出会うこともあれば、野生動物や毒虫や変質者に会うこともある。災害も然り。

 

異界でしか出会えないもののなかには、異界にいるもの全てが含まれる。

 

だから、山には山を歩くためのルールがある。

土地には土地を歩くためのルールがある。 

人間の世界とは違うから、異界なのですね。

 

だから、守らなければいけないことがあるのだなと、ひしひしと感じています。

 

それを知っているのは、住んでいる方たちだったり、長く守っていらっしゃる方たちだったりする。

 

(お化けが見えるとか人が癒せるとか、そういう類の人たちではない。)

 

知恵のある人たちに感謝をしながら、学びつつ、安全で健全な訪問を続けさせていただきたいなと思うのです。

 

 

 




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