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探求

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子育ての課題が一つ終わり、何となく自分に捧ぐエネルギーが増えた。

 

その結果、新しい資格取得の勉強を始めている。同時に、自己探求の世界も広がっていく。

 

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自己探求というと、個人の世界に基づくものというイメージがある。

それは、唯一公平な世界なんじゃないかと思う。


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私の大事にしていることの一つに、行動範囲の大小や資本の大小に関わらず、一人の人間が経験できるのは、その人・人間一人分の人生だけ。ということがある。

 

人間関係や行動範囲の広い人に憧れるけれど、それはより多くのものと接しているという外の世界のことであって、内面の豊かさや確固としたものとは全く関係がなかったりする。

 

足腰が動かず、地域からも出たことがないお婆ちゃんの話に、心動かされることはないのか?というと、そんなことないでしょう。

 

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みんな、それぞれの人生を歩んで自己を探求している。そして、 人生と向き合う人は豊かだ。

 

寺社仏閣への参拝は、私の自己探求の一つ。

 

誰かと祈るわけでもなく、ただそこで出会う自分自身と、同じように(かどうかは定かではないけれど)何かを探求している人たちの後ろ姿に出会いたいから。

 

あちこちしていると(と言っても定期的にお詣りをするところは決めているのだけど)一人で行くの?!と言われることがあるのだけど

 

一人だからいいのです。

 

仲間や友達と遊ぶ時間は、また別。

自己探求すること・祈ることは、苦楽を選別せず人生に根差す、大切なエッセンスなのではと。

 

写真の八栗寺さんも、静かで良い空気の寺院様。

御本尊は聖観世音菩薩様・隣のお堂には歓喜天様・階段を登った先には、中将坊様。

それぞれに厚い信仰が残っている。

 

 

 




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