
昔々、まだ10代だった頃。
その時ご縁があった人から「お金は出してあげるから、人生経験として受けておけば」と初めて占いというものを体験しました。
占い師さんに言われて覚えているのが「あなたには中庸という言葉が大事だよ」と「お墓参りに行きなさい」という言葉。
それから一年たたないうちに、また別の人から別の霊能者のところへ促されました。(当時はまだ、畳一枚に机一つというご高齢の占い師さんが残っていた)
ご先祖様やお墓というキーワードに触れ、一応実家のお墓に手は合わせに行ったものの…お墓も仏様も嫌いじゃないけど、ご供養したから何なの?ということが明確に分かっていなくて、形だけでしたね。この時は。
あれからン十年。笑
今思うのは、お墓やお仏壇、お骨に手を合わせることが目的じゃなかったのだなということです。
ご供養というものを通して、ご先祖様と自分と子供達が、一つの道として繋がっていること。
そういうものが、命を守るんじゃないかなって。そこに向けて手を合わせることが供養。
カタチは、上に乗っかっているもの。
だから、お墓とかお仏壇というもの以前に、自分の親やご先祖様が何を残したがっているのか…家族の口を通してやってくる言葉に耳を傾けないとあかん・その上で、自分も子供と会話を重ねながら取捨選択をしていかなきゃなと思うのでした。
道を通して、折々に自分自身に向き合う。
あくまで我が家の場合です。
選ぶのはその人自身。
一つのケースとして書き残しておきます。
目に見えない世界に想いを馳せたい時ほど、当たり前の現実生活と健康管理を大切に。