
どれだけ大事に育てていても
また、どれだけ本人が一所懸命でも
落ちる時は落ちる、迷う時は迷うもの
その、落ちた時・迷った時に誰に出会うか
どのようなものに出会うかで、人は変わる。
私が一度目に落ちた時、出会ったのは鉱物とそこにいる人たちでした。
そして二度目に落ちた時、出会ったのはおばけと仏様・そして狭間の世界を見つめながら、現世を生きる人たちでした。
どちらも、俗世間かというと、ちょっと違う世界。
けれど、そこに美しいもの・美しい人たちがいてくれたからこそ、生への好奇心が尽きることはなく今がある。
理想ってあるから、このように生きられたらよかったのに…というのは、他人から見ても自分から見ても無くなることはないのかもしれない。
でも何を悔いていたとて、それ以上に鮮烈で楽しいものをこの目に写すことができるなら
その瞬間の喜びに勝るものはない。
怒涛の2月が終わり、生き抜け!というメッセージに向き合っています。
生存戦略を持って生きている植物と、不可思議を駆け抜ける象徴である狐と共に。
同時に
自分に嘘はつけない。正直であることが、それがとどのつまりは他人にも親切であることを感じる。
正直であれば傷付くし、色んなことを勝手に解釈されたりもするけど、それでいいんじゃないかって。
持って生まれた夢・秘めた想い。
生まれた時から宿しているからこそ正直に。
自分にとっての生きる価値は、そこにあるんだから。