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狐という存在

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昨日描き上がった、グロリオサの君。

 

大分、狐も描き慣れてきた。

でも形として狐であることと、私の思う狐の空気を纏った子であることは違うから、繊細に描いていきたい。

 

先日、ふと思い出したことがあるのです。

 

私と狐の初めての出会いは、小学校2年生の時の図工の時間でした。

 

好きなテーマで水彩で絵を描く…ということをしていたのですけれど、その時に描いたのが『木の根元で眠る狐』でした。

 

当時の担任の先生が「これは、どういう絵なの?」と尋ねてくれて「この狐は死んでいるのだけど、魂がこの木に宿って、また狐に戻っていくところ」と伝えたことを覚えています。

 

そのとき『深いな』という先生の呟きが心に残ると共に、自分の作ったものが誰かに影響を与えるのだという不思議な感覚を覚えたことが、今の私の原初的な体験になっています。

 

・・・ということは覚えていたのですが、実はもう一つあったのです。

 

中学に入りオタ女子として絵を描く時に使っていたハンドルネームが「きつね」でした。

 

何で忘れていたんだろう?

 

思うよりずっと前から、「狐は特別な生き物」という認識はあったのか。

 

そこにまた戻ってきたのだなと感じて、何となく宙ぶらりんだった狐との繋がりが、トンと心に着地しています。

 

野生の狐は見たことがないんだけどさ。

狐という存在が、目には見えなくても私の中にある。今は、それで十分です。

 

 

稲荷山に行きたいなぁ

明石大橋、もっと安くならないかな

 

 




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