宝塚に『ガイズ&ドールズ』が帰ってきた。ブロードウェイでこのミュージカルが生まれたのは1950年のこと。今年で75年になる。

日本にやってきたのは1984年。宝塚で初演。月組トップスターだった大地真央さんがこの作品に惚れ込んで、自分の主演作にと引っ張ってきたのは有名な話だ。相手役は黒木瞳さん。言わずと知れたスーパービッグネームのトップコンビが演じ、宝塚版の歴史がスタートした。紫吹淳さん、映美くららさんとこれまたテレビでもお馴染みのお二人による月組で再演。月組再演版では当時5年目の下級生ながらメインキャストを演じていた北翔海莉さんが、芸歴18年目にトップお披露目公演として妃海風さんともに主演した星組版。そして2025年の今、宝塚では10年越しに月組再再演版が上演されているわけである。
10年前、星組版の『ガイズ』をきっかけに私の人生は一変した。ちょうど大学に進学する直前の冬というタイミングも重なって、創世記のようにまっさらなところから新しい世界が構築されていく、すべての始まりにガイズがあった。
あの出会いの何が私に響いたのか、何が春の芽吹きを呼び起こしたのか。いま客席に座ってあの美しく煌びやかなオーバーチュアが鳴り、ブロードウェイの街頭に颯爽とスカイ・マスターソンが姿を現すたびに、その答えを探し求め続けているような気がする。

『ガイズ&ドールズ』はアメリカでの誕生以来、ブロードウェイのお伽話や寓話と評されてきた。
舞台は1948年ごろのニューヨーク。空に届かんばかりの賭けっぷりからアメリカいちとまで評された生粋のギャンブラー、スカイ・マスターソンがひょんな賭けをきっかけに、プロテスタントの一派である救世軍のお堅い女軍曹サラ・ブラウンと恋に落ちる。一方、その賭けを持ちかけたサイコロ賭博の仕切屋ネイサン・デトロイトは、フィアンセのショーガール、ミス・アデレイドと婚約14周年を迎えるもいまだ結婚の気配はない。ふたつのカップルが巡り巡って危機に陥った末、スカイは救世軍に入りサラと結婚。ネイサンも新聞屋という定職について、アデレイドと結婚する。そしてその裏には聖書に導かれたかのような運命が見え隠れする。
ブロードウェイのタイムズスクエアからコロンバスサークルというごくごく狭い徒歩15分圏内で、彼らの生き方が変わる大きな一ページが描かれるのだが、その期間はエピローグを除くとたった3日間。あっという間のスピードで迎えるハッピーエンディングこそ、『ガイズ&ドールズ』が「お伽話」と呼ばれる理由のひとつだろう。
ただしそれだけではない。もうひとつはこのハッピーエンドが、ご都合展開などではなく「運命」の話だからである。
🎲 🎲 🎲
初めて『ガイズ』を観たとき、そのすべてに魅力された。舞台装置や美術、照明が巧みに折り重なって表情を変えるブロードウェイの街角。オーケストラが奏でる、華やかでリズミカルでジャジーなメロディ(作曲はあのモーリー・イェストンも一番尊敬しているというフランク・レッサーだ)。こなれたスーツやドレスに身を包み、くるくると往来を急ぐブロードウェイの住人たち。サイコロ賭博を模したダイナミックなダンス。新聞記者出身のデイモン・ラニアンによる原作の語感がそのまま持ち込まれたような、ウィットに富んでよく喋るセリフの数々。舞台上で巻き起こる何もかもにときめいて、釘付けで、翌日から受験勉強も放り出して『ガイズ』のことしか考えられなくなった。
『ガイズ』がとりわけ私の心を惹きつけて離さなかったのは、未知の文化に対する好奇心ゆえでもあったと思う。知らない時代の、知らない街が目の前にある。そこには会ったこともないようなギャンブラーや救世軍の人たちがいて、魔法がかかるように恋に落ちたり、回心したり、猛スピードで彼らの人生が急展開する。知りたい。理由が知りたい。これは1950年より少し前にアメリカの作家が意図的に書いた物語である。彼らが辿る運命には、必ず理由があるのだから知りたい。

2015年11月4日に『ガイズ』と出会ったあと、翌年の4月に進学したのはラッキーなことにプロテスタント系の大学だった。入学早々、授業のために購買で買ったのが初めて手にした聖書だ。共同訳聖書実行委員会出版。分厚くて重たくてびっくりした。これが2000年、いや旧約聖書があるのだから3000年以上前の話か……と思うと、さらに倍ぐらいの重みがある気がしてくる。
✝️ ✝️ ✝️
『ガイズ』は『レ・ミゼラブル』ほどわかりやすくはないが、ストーリーがごりごりのキリスト教観で構築されたミュージカルのひとつであった。
例えば2幕の大ナンバー「座れ、船が揺れる(Sit Down, You're Rockin' the Boat)」は、サイコロ賭博や酒に浸りきったギャンブラーたちが、禁酒禁煙などを定める救世軍の生活規範に則り、自らの行いを悔い改める場面だ。皆で天国行きの船に乗っているが、ギャンブルや酒に手を出すことで船を揺らす者がいれば船ごと転覆してしまうかもしれないし、悪魔に引きずり下ろされてしまうかもしれない。だから「船を揺らすな! 座れ!」と歌うのである。
この場面は詳しい意図がわからずともカッコよくとにかく盛り上がるのだが(特に今回の月組新演出版は歴代のトニー賞やオリビエ賞で観るパフォーマンスにかなりイメージが近く、最高にショーアップされている)、何を意味しているのかどうしても知りたくて、初観劇のあとはさっそく出待ちをした後、ひたすら救世軍と船と回心に関するサイトや論文を検索していた。「回心」の変換すらままならかったので、「改心」との違いもその日に初めて知った。
そして大学2年生のとき、キリスト教芸術の授業でまさに「放蕩、怠惰、酒びたり、賭博はすべての残忍さと並んで罰を受ける」ことを船乗りと更生のモチーフで描いた、ウィリアム・ホガースの銅版画《勤勉と怠惰》に出会ったときは心底感動したものだ。
同様に、主人公のスカイがなぜサラと恋に落ち、ラストでは突然に救世軍へと転身するのかという物語の根幹にも、がっつりとキリスト教が関わっている。
1幕で賭けのためにサラを訪ねたスカイは、その場で救世軍のプラカードに書かれた聖書の出典が誤りであることを指摘する。そして自分は聖書を10回以上精読していることを告白する。この時点であれれ只者じゃないぞと思わせるだけでなく、2人が恋に落ちたあと、サラに初めて教える彼の本名が「オベディア」なのだ。ヘブライ語で「オベディア(オバダイア)」とは「神の下僕」。旧約聖書に出てくる預言者の一人と同じ名前でもある。ファミリーネームの「マスターソン」も、文字そのままの意味をとれば「主の息子」だ。つまりオベディア・マスターソンは特大の罪人でありながら、キリスト教の星の元に生まれた人間なのである。
スカイとサラが互いに恋心を告白するデュエット「初めての想い(I've Never Been in Love Before)」は本来であれば相対する立場の相手に初めての恋心を抱いてしまったことに対し、それぞれが罪を認め、それでも赦しを請うのだから萌えに萌苦しんでたまらない。しかも女になど困ったことのないギャンブラーと、誰よりも規律正しい救世軍の女軍曹が、もうお互いしか見えていない照れ臭くもうっそりとした表情で恋人を例えるのだ。ワインに!!!!! 言わずもがなキリストの血である!!!!!
スカイとサラはこんなにも運命でしかない出会いであったのだから、地獄行きまっしぐらのはずだった当代一の賭博師だって、あっという間に救世軍に入るのだ。回心のきっかけひとつあれば。それが女の子に惚れ込んだのであれば、なおのこと。
ブロードウェイの街で巻き起こるお伽話は、奇蹟みたいにキラキラとしたミュージカルの魔法を通して、私のお伽話にもなる。
1日と経ずにその後の人生がガラリと変わって、それまで知りもしなかった舞台芸術に血眼で夢中になったり、そのまま考えもしなかった仕事に就いたり、とんでもない方向へ行き着くことだってある。どんなにスカしたギャンブラーだっていきなり運命の恋に落ちるかもしれないし、明日にはこれまでの生き方をすべて捨てて救世軍の一員なるかもしれない。そうならないなんて言いきれない。だから自分の気持ちにまっすぐに、大勝負には賭けなきゃ。期待して、夢見て、女神様にお願いして。人生は大きなサイコロ賭博だから。

大人になったのでドゥルセデリーチェもバカルディも飲めるよ!
▽ここまで読んでくださった方へお知らせとお願い
*9月7日(日)には月組宝塚大劇場公演千秋楽の配信やライブビューイングがあります。10月4日(土)からは東京公演も始まります。『ガイズ』は版権がめちゃくちゃ厳しいので、これを逃すといつかわからない次の再演まで映像すらほぼ観られない可能性が大です。私も10年待ち続けましたので、気になる方はこのビッグチャンスにぜひご覧になってください。「すっと筋の通ったハンサムでお芝居巧者な月組にぴったり! 世界最新の新演出もよし!」で最高のミュージカルコメディです。
*『ガイズ』のキリスト教やアメリカの文化に関する小ネタは私も随時調べながら集めています。誤りがあればご指摘ください。そしてこれもだよね〜ということがあれば教えてください。せっかくの祭りなので、公演期間中にもうちょっと具体例を集めたブログも出したいなと思っています。もちろん月組新演出版の感想も!!
▽11.18追記 新演出・メインキャストの感想のエントリーができました!
▽『ガイズ』に落ちた瞬間のことを書き記していた2018年のエントリー(恥ずかしい)
▽最近のエントリー