2025年1月28日。
通常業務。新型コロナ感染拡大で気が滅入る。胸焼けもする。働くことに疲れているが、働かないと不安になる。
夜、経済アナリストの森永卓郎さんの訃報。
以前は「何だか変なものを収集しまくっている人」というイメージで、最近は『ザイム真理教』とか、「2025年に株価が大暴落する!」とか、過激というか、どこまでがアナリストとしての分析なのかよくわからないが、ただ、鬼気迫る印象だけはあった。
日本社会に対する、忖度なしの本音だったのか、なんらかの妄執のようなものだったのか、病気の影響なのか、正直よくわからなくて困惑+スルーしていた。
今年は大恐慌がくる!
……って毎年言っていれば、いつか的中する年はあるだろうけど。
あなたは今年死ぬ!という予言は、毎年続けていれば、いつか「当たる」のと同じように。
確かに、老後2000万円問題や新NISA、仮想通貨など、お金に振り回され、踊らされている気はするけれど。
経済評論家って、自分の余命を意識すると「お金なんかはちょっとでいいのだー!」とUNICORNみたいなことを言い始める人が多いよなあ。
森永さんの経済に関する本、ここ数年でけっこう出て、かなり売れていたけれど、「人(の将(まさ)に死なんとする其の言や善し」なのか「いたちの最後っ屁」みたいなものなのか、僕にはわからない、というか、少し読んではみたのだが「なんじゃこりゃ」というのが率直な感想だ。
ただ、ああいう形ででも、「とにかく長期的には株価は上がる、経済は成長する!」と信じ込まされている人たちに警鐘を鳴らしたかったのかな、とも思う。
「1か月1万円をNISAで30年積み立てれば……」なんてシミュレーションが出てくるけど、実際に生きてみると30年はかなり長い、1年だってけっこう長い。振り返ってみれば短くも感じるけれど。
急にお金が必要になることも、仕事がうまくいかなくなることもある。新型コロナウイルスなんて、実際に怒る前は、SFの話だった。
世界経済は長期目線では成長を続けているが、残念ながら、我々は手塚治虫の『火の鳥』ではないので、長くても100年くらいの時間しか生きられない。あの右肩上がりのグラフのごく短い期間、山あり谷ありのなかでひとりの人間の時間は終わる。
大きな戦争などのタイミングに生きることになれば、端金では自分の生き方を自分でコントロールできなくなるかもしれない。
経済評論家とか株式ブロガー、YouTuberが言うことは、基本的にはポジショントークでしかない。いや、人間が言うことは、すべてポジショントークでしかない。5年前に、5年後に日経平均株価が4万円付近まで上がると「予測」した人がいただろうか。
森永さんは、亡くなる前日まで仕事をされていて、自らの病を発信し続けたことも含めて、「やりきった」人生だったと思う。
2025年にはバブル崩壊しなかったじゃないか!とツッコミを入れることができなくなったのは、少し寂しい。
森永さんは、自分が書いていたことを本当に全部信じていたのだろうか。読まれるために、あえて、インパクトがあるネタの中に本音を散りばめていたのではないか。
それも考えすぎなのかなあ。
(ただ、どこかでこの株高の反動がくるのではないか、と僕も危惧し続けてはいる)