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「愛は消えても、親切は残る」

 朝から長嶋茂雄さん緊急搬送のニュース。
 僕はアンチ巨人ひとすじ半世紀なのだが、亡くなった母親が、昔、「野球には興味ないんだけど、長嶋さんだけは特別なんだよねえ」と言っていたのが忘れられない。
 正直、僕には「なんだかよくわからない、感覚でものを言う人」と、巨人の監督として批判にさらされているイメージしかないのだけれど、僕の親世代にとっては、「カリスマ」だったのだろうな。ネットではそんなに目立たないけれど、日本中で多くの年齢高めの人たちが、長嶋さんのことを心配しているに違いない。長嶋さんと王さん、そして僕にとっては山本浩二さんは、「まだ健在な昭和のレジェンド」なのだ。

 9月に入ってからも(入ったからか?)仕事が忙しく、なんだかずっとイライラしている。何かでストレス解消、と思うのだが、お金を使う解消法は、後で後悔するのが確実だしなあ。一人でビジネスホテルの何もない部屋でゴロゴロしたい(いつも家でゴロゴロしているけど)気分なのだが、ビジネスホテルまで行くのがすでにめんどくさい。帰ってくるのも。

 帰宅する途中、村上春樹さんの『村上RADIO』を録音したものを聴いていたのだが、番組のなかで、作家・カート・ヴォネガットの「愛は消えても、親切は残る」という言葉が紹介されていた。僕も以前、この言葉を本で読んで、「腑に落ちた」のだ。


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 医療という仕事をやっていると、やり場のない悪意をぶつけられたり、専門的にみれば致し方ない結果に対して責められたりすることもある。困った人と接する機会もある(それはたぶん、どんな人でもあるだろう)。
 そこで、「なんだこの人は!」とムカつき、そこでムカついてしまう自分の心の弱さに、また落ち込んでしまう。心のネガティブスパイラル。
 「好きになる必要はない。仕事として、人間として『親切にふるまう』ようにしよう、演じよう」とすれば、少しはラクになる。愛せないものを愛そうとするから、失望するのだ。キリスト教の「隣人を愛せ」というのは、本来は、こういうことなのではないか、とも思う。愛、という言葉に、人は振り回されすぎている。





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