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【読書感想】歴史小説のウソ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

なぜ私たちは、歴史エンタメから「歴史に学んで」しまうのか。

歴史小説を読んで、「自分もこんなふうに生きよう」とか「この過ちを繰り返してはいけない」と思ったことはありますか?
なぜ私たちは、創作物の中に歴史の真実があると感じるのでしょうか。
その秘密は、歴史と歴史学と歴史小説のもつれた関係にありました。

人気歴史小説家が「真実」を創り出す手口を種明かし!
小説にも漫画にも映画にも騙されず、自分の歴史観を持とう。


僕は子どもの頃から学生時代にかけて、歴史小説と推理小説、SFばかり読んでいました。
恋愛小説は苦手だったし、私小説はあまりにも「話のスケールが小さい」と思っていたのです。
そんな他人の恋愛話とか読んで、何の意味があるの?歴史は繰り返すのだから、先人の経験から学ぶことのほうが有意義だし効率的だろう、と。

実際は、モテないし恋愛話にあまり興味を持てなかったので、「自分には縁がない」と思って遠ざけていただけなのかもしれませんが。
いま考えてみれば、歴史に残る偉人たちの事跡のほうが、よほど「縁がない」とは思うのだけれど。

学生時代は、吉川英治の『三國志』とか司馬遼太郎の『竜馬がゆく』などを読破していたのです。
そうか、こういう人たちによって、歴史は動いてきたのだな。

この佐藤賢一さんの本を読んで、この10年くらいは、歴史小説をほとんど読まなくなっていることに気づきました。
なんだか、歴史小説で描かれている人物たちの言葉や思いに対して、「本当にこんなふうに考えていたのだろうか?作者に言わされているだけじゃないの?」という気持ちが強くなってきたのです。
「フィクションだと明言されている、架空の登場人物の小説」よりも、実在の人物だけに、かえって「本当は違ったんじゃない?」と感じてしまう。

NHKの大河ドラマで、「豊臣秀頼の身を案じ、平和な世の中をつくろうとした徳川家康」に感じた「嘘くささ」が、小説でも気になってきたのです。

諸葛孔明が風向きを変えた、とか、坂本龍馬がモテまくっていた、みたいな話は、僕もエンタメとして消化するのにやぶさかではないのですが、物語の主人公として綺麗に描くために、やろうとしていたことが美化されまくっているのには、なんだかすごく違和感があるんですよね。

家康は平和とかじゃなくて、自分自身の野心と徳川家のため(そして、それを持続的なものにするための社会の安定のため)に天下を取ろうとしたのだろうし、当時の武将としてはそれが自然だったのではないでしょうか(これも推測ではありますが)。
自分自身のこととして考えても、人間の行動って、必ずしも合理的でちゃんとした理由があるとは限らない。
本能寺の変での明智光秀の裏切りも「なんかチャンスじゃないのこれ、という状況になった」だけなのかもしれません。


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近年の大河ドラマで、明智光秀が主人公の作品がありましたが、「信長と深い絆で結ばれていた」みたいに描かれていると、「主人公ブースト」を感じて白けてしまうのです。
同じ人物でも、描く人によって、全然違う見えかたになるのです。それが「人間」というものだとしても。

某元有名タレントのように「被災地のために長年尽くした善良さ」と「目の前の女性に容赦なく性加害を行う残酷さ」が同じ人のなかに同居している場合もあります。


佐藤賢一さんは、もともと歴史研究者を志していて、博士課程に在籍中に、論文の余白に「人物のセリフを入れてみた」ことがきっかけで、小説を書くようになったそうです。

佐藤さんの作品は、英雄による歴史ロマンというよりは、史料を駆使した「歴史のなかのシステム」を描いたものが多く、『王妃の離婚』で直木賞を受賞されたときには、「こんな歴史小説の書きかたもあるのだな」と僕は思ったのです。

研究者としての「歴史学」と作家としての「歴史小説」の世界を行き来してきた佐藤さんは、「歴史学」と「歴史小説」の線引きについて、こんなふうに書いておられます。

 まず歴史小説ですが、これは人間を書くものだと思います。現代小説は無論ですが、歴史小説であっても、それは同じなんですね。その人間──人間というもの、人間存在といってもいいかもしれませんが、それを歴史小説で書くとき、前提となるのが「いつの世も人間って変わらないよね」という了解です。
 歴史上の人物、聖徳太子でも、徳川家康でもいいですし、時代も古代だったり、中世だったり、近代だったり、ついでにいえば場所だって日本に限らず、中国でも、フランスでもいいと思いますが、とにかく、どんな時代の、どこであっても、人間って変わらないよね、あるいは変わらない部分があるよねという了解──そのうえに立って、人間の普遍性みたいなもの、同じ人間として共感を覚えられるものを書くのが歴史小説なんだろうと、私は考えついたわけです。
 では、歴史学とは何をやるのか、ということですね。
 歴史小説のほうでは人間を書く、いつの時代も変わらない、そのありようを書く。しかし、よくよく考えてみると、今と変わらないものなら、わざわざ歴史という意味がありませんよね。歴史小説という言葉は、それ自体が厳密にいえば破綻しているのかもしれません。歴史とは過去のこと、現在とは全く違う世界のことです。それを追究するのが歴史学なら、今はこれだけ違うんだという部分を書かなければならないと、私は考えます。
 小説のように人間を書くのでなく、時代を書くといいますが。この時代のこの場所には、えっ、こんな驚きの世界があったのか。自分たちが生きている今とは、ああ、こんなにも違うのか。そうした発見を得ることこそ、歴史学の醍醐味なんだと思うわけです。
 歴史小説であろうと、歴史学であろうと、あたるのは、どちらも同じく歴史──というか、過去の事実=ファクトです。しかし、それを押さえて終わりじゃなくて、どちらもファクトから真実=トゥルースを引き出してこなければならない。そのトゥルースが、歴史小説の場合は人間の真実であり、歴史学の場合は時代の真実なのだと、そういう言い方もできるでしょう。


なるほどなあ、こういうふうに言語化できるのは、歴史学と歴史小説の両方を真剣にやってきた人だからこそ、だと感じます。


ちなみに、欧米などでは、「歴史上の人物を小説に書くことがないわけではないが、日本ほどさかんではない。とくに近代以降はそうなっている」ということです。
2012年にドイツで発表された、『帰ってきたヒトラー』という風刺小説がベストセラーになりましたが、あれは「歴史小説」ではないですよね。
でも、その後の世界の流れを知っていると、2012年に「風刺小説」だったこの作品が、未来を予言していたようにも感じます。


そして、「歴史小説」で好まれるテーマは、必ずしも「歴史学」向きではないのです。

 本能寺の変の謎というと、挑むのは多くが歴史ライターとか、ノンフィクション作家で、歴史学者、大学の研究者となると、あまり前向きではないようです。そのはずで、歴史学的には研究の意義が見出しにくいんですね。おおよそ明らかになるのは、人間模様とか、権力闘争とか、いつの時代にもみられる事象だけですから。
 歴史学がやるとすれば、当時の政治構造の分析になるんでしょうか。織田信長が作ろうとした政体、専制的というか、中央集権的というか、そうした方向性が明らかな政体は、当時の政治構造とは相容れないものだったと明らかにしたり、あるいは当時の武士の精神性として、織田信長の独裁ぶりは許容できるものではなかったと証明したり、いずれにせよ、それゆえに明智光秀がやらなくても誰かはやった、織田信長の政権は転覆せざるをえなかった、本能寺の変は時代の必然だった、という形でやることになると私は思います。
 いや、そうじゃなくて、どうして明智光秀はやったのか、それを知りたいんだと求めてみても、まず歴史学は答えられない。アカデミズムでやれるとすれば、あとは政治学でしょうか。しかし怨恨説、黒幕説、四国説などからして、傾向としては政治学的なアプローチだと思います。それで決着がつかなかったものが、ただ大学の政治学者が取り組んだだけでたちどころに解決する、というものではないでしょう。


学者にとって「論文にできる、学界で評価される」テーマと、一般の人が「興味を持つ」ことは違う、ということなのでしょう。
これは、医学研究の世界にもあてはまっていて、「みんなの興味」よりも、「論文にして、(学者として)実績をのこしやすい」ほうを、学界内部の人間は選ばざるをえない面もあるのです。

それに、もし本当に確固とした誰もが納得する「理由」があったのだとしたら、本能寺の変から時間が経っていない時代の人が、誰かそれを書き留めておいたのではないか、とも思うのです。
他者の頭のなかって、わからないですよね。いや、自分のことでも、「どうしてあのときは、あんな決断をしたのだろう?」とあとで考え込んでしまうこともあります。

僕は、もう少し上の世代の人たちとともに、若い頃、司馬遼太郎さんの「司馬史観」の影響を受けてきたのですが、いま思うと、司馬さんが称賛する明治時代の日本人が、その前後の時代のひとよりも優れていた、なんてことがあるのだろうか?と疑問ではあるのです。
幕末から明治維新、西欧化という「変革の時代」だったからこそ、「その時流に乗った人が目立った」だけではないか、と。
江戸幕府が安定していた時代に坂本龍馬や西郷隆盛が生まれて生きたとしても、「ちょっと変わった人」として一生を終えた可能性のほうが高いのではないでしょうか。
その人の性格や能力にあった時代や立場、というのもありますし。

小栗上野介がもし幕臣という立場でなかったら、維新の元勲になっていたかもしれません。

同じ人物の同じ行動に関する評価も、それを評価する側の都合によって変わってしまうことが多々あるのです。
「軍神」と呼ばれ周囲から崇められた特攻兵たちの家族が、戦争が終わったとたんに周囲の人たちから疎外されてから、まだ1世紀も経っていません。


著者は、歴史小説家として「司馬遼太郎」という人と「司馬史観」についても述べています。

 日本は敗戦した。日本人は失敗した。これから復興していかなければならない。また成功しなければならない。しかし、本当に前に進んでいいのか。また失敗するのではないか。そう不安を覚えないではいられない戦後だからこそ、歴史が欲しい。それをわかりやすく提示してくれる史観が欲しいと、そんな状況があったのではないかと思います。日本の戦後こそ、かつてないほど史観が求められた時代だったといえるかもしれません。
 しかし、歴史学はそれを打ち出すことができませんでした。できたとしても、非常な困難を伴いますし、歴史学者たち自身、それほど前向きでなかった。では誰が史観を打ち出すのかとなったとき、その役目を引き受けたのが歴史小説であり、それを書く歴史小説家であり、はっきりいってしまえば、司馬遼太郎だったのだと私は思います。幕末という時代が坂本龍馬という人間を求めたじゃないですが、私は司馬遼太郎という作家も、「司馬史観」というものも、戦後日本という時代状況に切に求められたものだったのではないかと思うのです。


司馬遼太郎さんの作品は、今でもかなり読まれてはいますが、かつての(半世紀前のような)影響力は失われてきています。
僕が中学生のときに吉川英治の『三國志』を読んだくらいのタイムラグが、いま、司馬遼太郎さんの作品群に接する人たちには生じるわけです。
村上春樹さんの『ノルウェイの森』を僕は高校時代に読んだのですが、当時は「衝撃的な新しい作風」だった村上春樹さんも、いまでは「日本を代表する大御所作家」だと若い人たちには思われているのでしょう。

結局、人はその人の立場や状況でしか「現実」を受け取れない。でも、「歴史学」には当時の環境が、「歴史小説」には人間の変わらない性質が描かれている。そして、「ウソ」だからこそ描ける「真実」もあるのでしょうね。

これを読みながら、僕自身も若い頃は「こんなの『事実』じゃないだろ!」から、現在は「どうせなら楽しくなるウソをついてくれ」に変わってきているのをあらためて感じました。

でも、「あまりにもあからさまなウソ」だと、白けてしまうんだよなあ。その「塩梅」が作家の実力なのかな。


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  • オリヴァー・マスッチ




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