Kindle版もあります。
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世界を敵に回しても進撃し続けるロシア、イスラエル
ウクライナを侵攻したロシア、ガザ地区への過剰な攻撃を続けるイスラエル。
なぜ世界から非難されても、敵を殲滅するまで戦い続けるのか?
背景には、他国への異常なまでの猜疑心や先制攻撃を「自衛」と捉える歴史・行動原理があった。
ロシア軍事の専門家とインテリジェンス研究の第一人者が、二つの「戦闘国家」の闇を探り、厳しい国際環境で日本が生き残るためのインテリジェンス・安全保障の術を語り尽くす。
ウクライナ戦争がはじまるまで、この21世紀のグローバル化された世界で、大国による本格的な侵略戦争が行われるはずがない、と僕は思い込んでいました。
そんなことをすれば、世界中から批判されて経済制裁を受けることになるし、IT化された世界で「領土」の拡大には、もはやあまり意味がないだろう、と。
でも、実際にロシアは2022年2月24日にウクライナに攻め込み、4年近く戦争は続いているのです。
軍事的に劣勢が予測されていたウクライナ軍は、西側諸国の支援もあってもちこたえてはいますが、ロシアへの国際社会の圧力というのも、それぞれの国でかなり温度差があり、足並みがそろっているとは言い難い状況です。
僕は、ロシアがウクライナを攻めるのは「合理的」ではない、と思っていました。
イスラエルがガザ地区を攻撃するのも、戦力差があるなかで「非人道的な行為」だ、と。
この本は、ロシアの軍事・安全保障政策を専門とするアナリストの小泉悠さんと、イギリスの政治外交史、インテリジェンスの研究が専門の国際政治学者・小谷賢さんとの対談を書籍化したものです。
お二人は、それぞれの専門分野を活かしながら「なぜ、ロシアやイスラエルは世界を敵に回すリスクを冒しても戦うのか?」を分析しています。
小谷賢:インテリジェンスは日本語で「情報」と訳されることが多いのですが、たんなるインフォメーションとは意味合いが異なります。インフォメーションは「身の回りに存在するデータ、生情報」とのことですが、インテリジェンスは「何らかの分析・判断・評価が加えられた、政策決定や危機管理のための情報」のことです。天気予報でたとえるなら、気圧配置や雲の位置などの生データがインフォメーション、それらデータから導き出される「翌日の天気」がインテリジェンス、といった具合です。
なぜ国家にとってインテリジェンスが重要かと言えば、国家が安定的に存続していくために必要不可欠なものだからです。自国が置かれている環境を正確に把握し、危険を察知して対応する。あるいは、自国にとって望ましい政策を独自に策定する。そのためには、基盤となる情報(インテリジェンス)がなければなりません。
小泉悠:依然として続くロシア・ウクライナ戦争でも当初、軍事力で勝るロシアが圧倒的優位だと伝えられました。しかし欧米諸国がウクライナにインテリジェンスを提供することで、ウクライナはロシアと互角の戦いを展開している。インテリジェンスの重要性をあらためて世界に示したと言えます。
小泉:では具体的に、国家のインテリジェンスとは何を行っているのか。先ほども言ったように、インテリジェンスと言えば「諜報(スパイ)活動」を連想する人も多いでしょうが、スパイはあくまでもインテリジェンス活動の一部なんですよね。
小谷:そうです。国家インテリジェンス活動のプロセスをざっくり言うと、「情報の要求→情報収集→情報の分析・評価→情報の利用」となります。まず、(1)政策決定者が戦略策定のために必要な情報を要求し、(2)その要求に基づいて情報収集が行われる。(3)収集された情報を専門家が分析・評価して、(4)それが政策決定者によって活用される、という流れです。
国家のインテリジェンス活動では、情報収集において非常に多様な手段が用いられます。釈迦に説法ですが、大まかに分けると、まずオシント(Open Source Intelligence:公開情報の収集)、ヒューミント(Human Intelligence:人間を介しての情報収集)、テキント(Technical Intelligence:技術情報収集)に分類され、テキントはさらにイミント(Imagery Intelligence:航空機や衛星による画像情報収集)、シギント(Signals Intelligence:通信や電波、信号傍受による情報収集)に分かれます。近年はイミントを含む画像や地理・地形情報を融合して分析するジオイント(Geospatial Intelligence:地理空間情報)も注目されています。
多くの方がイメージするスパイ活動は、ヒューミントの手段の一つです。スパイは人類で最も古い職業の一つと言われ、映画などでも華々しく取り上げられることが多いので、注目を集めやすいですね。
ただ、スパイは『007』のジェームズ・ボンドのような派手なスパイではなく、実際のヒューミント活動は地味なものがほとんどです。たとえば東西冷戦期には、KGB(ソ連国家安全保安委員会)は米ワシントンや英ロンドンの政府機関に出入りする車の数や、深夜に電気がついている部屋を数えることを日常的に行っていたと言われます。現代でも主たる活動は、公式な場やパーティでの情報交換による収集です。
『007』や『ミッション・インポッシブル』にどっぷり漬かってきた僕としては、スパイは空中の飛行機で敵と戦ったり、崖からバイクで走行中の列車に飛び移ったり、マッドサイエンティストの核攻撃から世界を救ったりするイメージがあるのですが、実際はかなり地味な情報収集活動がほとんどなのです。以前、海外での諜報活動の大部分は、現地の誰でもみられるテレビのニュースや新聞から得ている、というのを聞いたことがあります。
インテリジェンスの現場では、重要な情報がそのまま転がっている、というのはほとんどなくて、誰でも得られる情報を、いかに分析し、判断材料にするか、というのが大事なのです。
政府機関に出入りする車の数や深夜に電気がついている部屋の数も、それをなんらかの「異変」と結びつける意図があれば、有意義な情報になるし、ただ数えるだけでは「単なるデータ」でしかありません。
あとは政策決定側の「インテリジェンスをどう実際の行動に活かすか」も重要です。
太平洋戦争の末期、日本の陸軍参謀本部はシベリア鉄道の状況などからソ連の参戦を察知し、政府や軍の上層部に報告していたそうなのですが、その情報は深刻に受け止められず、ほとんど対策はなされなかったそうです。
もっとも、これに関しては、沖縄戦、原爆投下で疲弊しきっていた日本の軍と政府は、わかっていても何もできなかったのかもしれませんが。
それでも、現地の一般人の早めの疎開くらいは可能だったと思います。
小泉さんは、ロシアの軍事思想は先制攻撃を重視していて、それは、歴史的にナポレオン戦争やクリミア戦争、独ソ戦など、大国に攻められて後退しながら防戦し、大きな被害を出しながら冬将軍の力を借りて撃退してきた歴史に基づくのではないか、と仰っています。
小谷:戦略的劣勢を覆すためには先に相手を叩くのが合理的、というわけですね。
小泉:ええ。この先制攻撃重視の考え方が、冷戦後のロシアの置かれた環境と”悪魔合体”しているのではないかと思うんですよ。まず前提となるのは、ソ連崩壊後のロシアでは世の中の不都合な出来事を「西側の陰謀」として説明する言説がかなりの影響力を持ってきたということです。政権を批判するテレビ局は西側の手先だ、反汚職デモは西側から金をもらった連中がやっているんだ、という具合ですね。イーゴリ・パナーリンみたいなKGB出身のコメンテーターがこういう話を本やテレビで広めていった。
しかし、こういう目で冷戦後の世界を見ていくととんでもないことになります。たとえば旧ソ連の国でロシアにとって都合のいい政権が倒れる。これも西側の陰謀だとなると、ミサイルや大砲を撃っていないだけで事実上の戦争を仕掛けられたようなものだと認識されてしまう。政権もそういうふうに言っておいたほうが格好がつくから、陰謀論を後押しするようなことを言う。
小谷:ロシアからの視点で見れば、「我々が西側から攻められている」ということなのでしょう。
独ソ戦で多くの犠牲者を出したソ連やナチスのホロコーストで虐殺されたユダヤ人の国・イスラエルにとっては、「こちらからやらなければ一方的にやられるだけだ」という危機意識が受け継がれているのも理解はできるのです。
第三者としてみれば「こんなに戦力差があるのに」だけれど、当事者は不安から逃れられない。
ウクライナにミサイルが配備されたり、NATOに加盟したりすれば、「仮想敵」は我々(ロシア)にちがいない、と思うのも当然ではあります。
だからといって、先手を打って侵略してもいい、というわけではないだろうけど。
ウクライナ側も、もっと豊かになりたい、少し前にも攻撃されたロシアの脅威を緩和したい、というのは当たり前の発想なわけで、ロシアと西側の緩衝地帯として、ずっと「どっちつかずな国」でいてくれ、なんて言われても納得はできないでしょう。
結局、当事者にとっては、ほとんどの戦争は「自分たちの国と安全・利益を守るための防衛戦」なのです。
そして、「敵国」への憎しみというのは、戦争で殺し合い、奪い合うことによって、さらに深まっていく。
この本を読んでいて感じたのは、「インテリジェンス」の重要性と、現在の世界では、いろんな情報が「国家機密」にはできなくなっている、ということでした。
小谷:現在のウクライナ戦争について私はインテリジェンスの観点から見ていたわけですが、戦争開始直後から、これまでとは明らかに異なる潮流が見られました。ここからは、その観点を交えてウクライナ戦争の状況と今後の行方を見ていきます。
先ほども述べましたが、従来のインテリジェンスは「裏の世界」「裏仕事」のように、相手の国や軍の情報をこっそりと獲得し、相手に悟られることなく使うことが重要だとされてきました。秘密裏に入手した情報を秘匿したまま、いかに効果的に作戦に活用するかが問われてきたわけです。
ところが近年は、インテリジェンスの領域できわめて大きな変化が生じ始めています。その変化をひと言で表現するならば、情報の扱い方について「発信」することが非常に重要になっているということです。「俺たちはこれだけ情報を持っているんだぞ」と駆け引きや脅しの材料に用い、あえて情報を公開する手法が取られるようになっています。
小泉:「情報を表に出す」という使い方は、ウクライナ戦争以降の大きなトレンドと言っていいでしょうね。
加えて、公開情報と秘密情報の間の領域、すなわち「金を出せば買える情報」=「商業的に入手可能な情報(CAI)」の幅が大きく広がりました。衛星画像もその一つです。昔であれば、CIAやMI6、FSBのようなインテリジェンス機関だけが入手できた情報を、私たちのような民間の人間でも触れられるようになっている。
ウクライナ戦争開始前夜にはロシア軍の集結状況を示す衛星画像が公開されたり、開戦後のブチャ虐殺の際には「あれはウクライナ軍がやったんだ」というロシア軍の主張が衛星画像で否定されたりと、宇宙の目が大きな効果を発揮しました。
しかも、ほとんどが民間の衛星画像です。政府が運用する衛星の画像は機密扱いで公開できないのですが、売り物になっている商用衛星画像なら公開できますからね。私が運営している民間インテリジェンス組織DEEP DIVEもアメリカのマクサー社と契約して実際に衛星画像を使っていますが、天気さえよければ実際の衛星画像をかなりの高分解能で観察できます。合成開口レーダー(SAR)を搭載した衛星の画像も購入していて、こちらは天気に関係なく観測ができる。
要は、金を出せば買えるかたちで動かぬ証拠を入手できるわけです。もちろん、それなりの金額はかかりますが、裏を返せば、情報に対してどれだけ本気でコストをかける気があるかによって、国家や企業のインテリジェンス能力に差が付く時代と言えるでしょう。
これだけ、さまざまな事業が「民営化」され、SNSでの発信・受信が広まっている時代に、国が何かを秘密にするのは極めて難しいのです。
「秘密を守る」ことにお金と手間をかけるよりも、自分たちの強さをアピールするためや、フェイクニュースで相手を混乱させるために情報を発信・拡散するようになってきています。
著者たちは、日本のインテリジェンスの現状を分析し、やみくもに「日本版CIA」をつくろうとするよりも、いまの日本にあったインテリジェンス機関が必要ではないか、という提言もしています。
情報を制する者が世界を制する。
そう考えれば、みんなが『X』とか『フェイスブック』を利用し、Googleで検索している日本は、インテリジェンス的にはアメリカの支配下にある、とも言えそうです。
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