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【読書感想】平等について、いま話したいこと ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

【日米同時刊行、緊急出版】
トマ・ピケティ×マイケル・サンデル
資本主義の果て、大いなる格差に覆われる現代。教育やヘルスケアを「脱商品化」するには? 左派はなぜ世界的に弱体化したのか? 大学入試や議会選挙にくじ引きを導入すべき? 当代一の経済学者と政治哲学者が相まみえ、真の「平等」をめぐり徹底的に議論する。

■世界の「いま」を読み解く必読書
ドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国大統領に再選されたいま、「平等」はまさに喫緊の課題。現代に生きるわれわれ一人ひとりが考えるべき問題を、両氏はどう提示しているのでしょうか。

■ピケティとサンデルの入門としても最適
本書には両氏の過去の著作のエッセンスが詰まっており、ピケティがナビゲートするサンデル入門、サンデルがナビゲートするピケティ入門としても読むことができます。巻末にはピケティとサンデルの主要著作ガイドを日本オリジナルで掲載していますので、あわせてご参照ください。

「不平等がいかに個人を卑屈にし、経済を非効率にし、社会を荒廃させるのかは本書を読めばわかるだろう。二人が終始強調しているのは、不平等とは、単なる経済的機会や資本の多寡のみならず、人間が同類である人間から、人間として扱われない問題を意味しているということだ」――吉田徹(政治学者、本書解説より)

 なんか読んでいてスッキリしない、というか、かみ合っていないな、と感じる対談ではありました。
 マイケル・サンデルさんと、トマ・ピケティさんといえば、前者は『ハーバード白熱教室』、後者はr>g(労働者が仕事をして稼ぐお金よりも、資本家がもらう配当などの金額のほうが大きくなっている)で知られる『21世紀の資本』などの著書があり、各種メディアへの露出も多い、「現代の寵児」2人なので、どんな話になるのだろう、と期待していたのです。


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 読んでみると、お互いの「対話」「議論」しているというよりは、それぞれの見解を表明しあっていて、不穏な空気になったら「じゃあ、今後のあなたの活躍に期待していますね」と、その章は終了。プロレスで、2つの団体のエースが対戦して、ファンは盛り上がっていたのだけれど、時間切れ引き分けか両者リングアウトという幕切れのような感じでした。

 お互いに、相手を打ち負かそう、と勝負している対談ではないのは百も承知なのですが、読み終えると「平等って、難しいなあ」と考え込んでしまいます。そういう「考えるきっかけになる本」ではありますね。

トマ・ピケティ:所得と富の不平等について、ご質問への答えをまとめると、現在の不平等の程度がどの程度大きいかについて挙げていただいた数字は正しいのですが、100年前はもっとひどかったわけです。200年前はさらにひどかった。ですから長い目で見れば進歩してきています。けっして簡単な道のりではありませんでした。常に壮絶な政治闘争や社会運動を作ってきたのです。これからも、そのような形でつづいていくでしょう。幸いなことに、これは勝てる可能性のある闘争ですし、過去には実際に勝利をおさめてきました。そうした闘争を研究することが、つぎの段階に備えるうえで、きわめて有効な方法になるだろうと思います。


マイケル・サンデルいまのお話のなかで、不平等が問題である理由を三つ挙げていただきましたね。ひとつ目はすべての人による基本的な財の利用機会。ふたつ目は政治的平等──発言権、権限、参加──、そして少し触れられたのが三つ目の尊厳、平等と不平等がなぜ重要なのかという、この三つの理由について、これらを互いに切り離せるかどうか考えてみたいと思います。
 こう仮定してみましょう。所得と富の不平等は現在と同じであり、しかし何らかの方法でその経済的不平等から政治のプロセスを切り離せるとします。選挙戦では公的資金を使えるけれど、民間からの資金はないと想定しましょう。ロビー活動を規制し、政治における発言力が有力企業や裕福な個人にばかり偏らないようにできるとします。政治との発言権と参加を何らかの方法で所得と富の不平等の影響から切り離せるとしましょう。さらに、人間の基本的な財──保健医療、教育、住宅、食料、交通──の利用機会は、より寛容な社会保障制度を通じて確保できるとします。つまり、ひとつ目の懸念である基本的な財の利用機会の問題を解決でき、ふたつ目の懸念である政治的な参加と発言権の問題も解決できて、ただ所得と富の不平等だけがそのまま残ると想定するわけです。これでもまだ問題がありますか?


 ピケティさんの話は、人類の歴史を踏まえての長期的な視点でのものが多く、サンデルさんの言葉は政治哲学者としての「思考実験」的なものが目立ちます。
 お互いの専門分野に沿っているのはわかるのだけれど、正直なところ、「長期的に見ればマシにはなっている」と言われても「それはそうかもしれないけれど……」という感じだし、サンデルさんの言葉は思考実験として興味深いけれど、その条件が現実社会で満たされることは、あり得ないのではないか、と疑問になってしまうのです。
 現実とか、すぐに役に立つこと、に引きずられないのが、「学問」「哲学」なのかもしれないけれど。


 この対談のなかで、サンデルさんは、アメリカでの学歴偏重の解決策として、有名大学の入学資格を、ある程度以上の能力を持つ「適格者」のなかでの「くじ引き」にすることなどを提案しています。「良い大学」に合格するには、置かれた環境や運の影響が大きいのに、「勝ち組」になると「自分の努力のおかげ」だと思い込み、他者を見下すようになってしまう。
 とはいえ、「適格者」の基準はどうするのか、とか、いま、卒業生や財界からの寄付で賄われている大学の財源を別の形で補填できるのか、というような課題もたくさんあるのです。

サンデル:エリートに対する反発の大きな原因は──これはトランプへの投票に表れていますし、ヨーロッパでも似たような人物への投票に見られますが──労働者や大卒でない人たちの多くが、エリートに見下されている、自分たちの仕事の価値をないがしろにされている、という感覚を抱いていることです。これは先ほどお話しした、主流派政党が不平等をおもに高等教育による個人の社会的地位向上を通じて解消しようとしてきたことにも関係しています。われわれはまず、個人が高等教育を受けて社会的に地位向上することが不平等解消の正解ではない、と認識するところからはじめるべきです。そして、ドナルド・トランプやマリーヌ・ル・ペンのような人物を厳しく批判しているわれわれみんなが、高学歴エリートにたいして労働者や大卒でない人たちの抱くまっとうな不満を真剣に受け止める必要もあります。政治的に見て、これはなかなか容易なことではありません。主流派によるこの数十年の進歩的政策プロジェクトが労働者や大卒ではない人たちのまっとうな不満にどれだけ応えてきたかを問うよりも、トランプのような人物を責めたり、トランプが煽る人種差別や女性蔑視や外国人嫌悪を責めたりするほうが簡単ですから。

 ある例を紹介しましょう。ブルッキングス研究所の経済学者であるイザベル・ソーヒルが数年前に、アメリカで連邦政府助成金、貸付金、税額控除のかたちで大学への進学支援に支出している金額を調査しました。その合計が年間1620億ドルだったのにたいし、連邦政府職業訓練校の支援に支出している金額は年間わずか11億ドルです。1620億ドルにたいしてたったの10億ドル余り。政策策定者らのお学歴偏重主義・能力主義の偏見がここに反映されています。これは、先ほどから議論している分配的正義の問題に照らして不公平なだけでなく、労働者階級が担っているような仕事への敬意が欠如していることの表れでもあります。そして、この敬意の欠如、認識の欠如に拍車をかけているのが、金融業界の人間に支払われている法外な報酬です。ヘッジファンドマネージャーの稼ぎが教師や看護師の、さらに言えば医師の5000倍でないといけない理由がどこにあるでしょう? それを考えると、社会的貢献の価値、価値の評価、再評価の問題に立ち返らざるをえません。この状況は不公平どころか、一種の侮辱でもあります。われわれの社会は少なくとも暗黙のうちに、身近な意味での仕事──介護士であれ、電気技師であれ、配管工であれ──をしている人たちを集団で侮辱しているのです。なぜその人たちの教育訓練には、専門職階級予備軍への投資と同等の投資が行われていないのでしょうか。なぜその人たちの仕事に価値が置かれていないのでしょうか・実は、不遇な立場に置かれているマイノリティへのさまざまな偏見について、社会心理学者数名が実施した調査があります。まずヨーロッパ、それからアメリカで、一般に冷遇されているマイノリティのリストが回答者に配られました。その結果、回答者が最も好ましくないと答えたのが、低学歴のグループだったのです。


 高額報酬なのに、働いている当事者でさえつまらない、社会の役に立たないと思っている仕事、「ブルシット・ジョブ」が近年話題になりました。
 アメリカの製造業に従事している人たちのトランプ大統領への支持には、「エリートたちには無視され、軽んじられているわれわれを、トランプは気にかけてくれている」と感じていることが大きいのかもしれません。

 もちろん、お金になる仕事だから、それに資本が投入されている、という面はあるのだと思います。
 でも、やっていることの意味や役割に5000倍もの価値の差があるのか?

 逆にいえば、「お金になることこそが『正義』なのだ」という考えかたを問い直してみるべきなのでしょう。
 でも、いまの世の中で、それが可能か、と考えると、僕は正直、悲観的にならざるをえません。
 その点では、日本は報酬という意味でも格差は、アメリカよりはずっと少ない、「平等」に近い、とも言えそうです。
 この本のなかでは、かつてのもう少し格差が少なかった時代には、もっと厳しい「累進課税」のシステムがあって、お金持ちはその分、より多額の税金を社会のために負担しているのだ、というコンセンサスがあった、という話も出てきます。それが「成功のモチベーションを上げるため」に、累進課税はかなり緩やかになりました。
 まあでも、それが社会全体としては「正しい」のだとしても、当事者としては「がんばって稼いでも、税金取られるばっかりだものなあ。やる気無くすなあ」とは思いますよね。


 ピケティさんは、自国(フランス)の例から、グローバリゼーションが人々にもたらしたものを指摘しています。

ピケティ:わたしの国(フランス)でも、社会党EUの貿易完全自由化と中国の世界貿易機関加盟に賛成したときに、同じことが起きました。フランスでル・ペンに投票するのがどんな人たちかを予測する場合、いまなお最も当てになるのが、2005年に実施されたEU憲法国民投票で”反対”の票を投じた人たちという予測です。EU憲法自由貿易と自由な資本移動の象徴と見なされていましたから。中国のWTO加盟後は、とくにフランス北東部の小さな町が製造業の仕事を失って大きな痛手を負いました。これらの町では実際に2005年の国民投票で不釣り合いなまでに”反対”の票が多く、現在でも大勢がル・ペンに投票しています。アメリカにも似たような調査があり、中国との競争で失業者が多く出た地方や郡ではトランプへの投票率が高いという結果が出ています。いくつかの試算によると、こうした票が上乗せされなければ、2016年にトランプが勝つことはなかっただろうということになっています。
 われわれはこれらの事実を全て真剣に受け止め、ただ単に右派ポピュリストや”嘆かわしい”投票者や嘆かわしい主導者たちを責めればいいというものではないと気づく必要があります。政権を握る左派や中道左派の政党は我が身を責めて、自分たちがどんなふうに国際主義とグローバリゼーションを普通の人たちから確実に嫌われるものにしてきたかを認識すべきだと思います。


 現在(2025年4月)、株式市場を大混乱させている「トランプ関税」が推し進められ、中国に対してとくに強硬な姿勢がとられている理由の一端が、これを読んで理解できたような気がします。

 これだけグローバリゼーションが進んだ世界で、高額な関税による国内産業保護なんて!そもそも、アメリカの人たちの生活だって、安い輸入品で成り立っているはずなのに、と僕は思っていました。
 でも、中国の進出で仕事を失った人や、グローバリゼーションの恩恵を実感できない人、そして、「それはお前の努力不足だ」と見捨てられていることに絶望している人は、けっして少なくないのです。
 あの関税は、自分を支持してくれる人たちへのトランプ大統領の「お返し」という面もあるのでしょう。
 そうなると、とくに中国に対しては、妥協は難しくなりそうですね。

 「平等」とはいうけれど、大まかなところでも、「チャンスを同じように与える、あとは自分の努力と能力次第」という「機会平等」と、「成果物を、みんなで同じように分配する」という「結果平等」は大きく異なります。
 いまの世界では、人種や国籍よりも、富裕層と低所得層の「断絶」のほうが目立ってきてもいるのです。

 「対決!」という内容ではありませんが、現代の知性を代表する2人が、いまの世界をどう見ているのかがわかる本だと思います。


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