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【読書感想】歌舞伎町に沼る若者たち 搾取と依存の構造 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

だから若い女性はホストにハマるのか!
なぜ若い女性がパパ活、風俗、立ちんぼで稼いでまで、ホストクラブで大金を使うのか?
背景には、担当ホストの魅力だけではなく、歌舞伎町特有の論理がある。
感情労働・肉体労働・アイデンティティ労働のすべてを兼ね備えたホストの仕事から、女性客の深層心理、そしていまの若者の価値観・消費行動まで丸わかり。
Z世代ライターが、愛憎渦巻く夜の世界の「搾取と依存の構造」を解き明かす。

〝歌舞伎町の病〞は他人事ではない
病①売上至上主義:金や売上がすべて、結果さえ出せばいい
病②外見至上主義:ルッキズムの対象は一般の男性会社員にも波及
病③自己資本主義:自らの見た目、プライベートまで切り売りする
病④承認至上主義:自分を見てくれないと特別感を得られない
病⑤推し万能主義:身近な人まで、誰でも“推し”と呼ぶ


 この本のオビには、著者の研究会での恩師だという小熊英二教授の言葉が書かれています。

「『研究未満』かもしれない。しかし唯一無二の試みだ」


 小熊英二さんが書かれた本を、以前読んだことがあります。

fujipon.hatenadiary.com

 この本では、小熊英二さんのお父さん、謙二さんの人生が語られているのですが、小熊さんは、ひとりの人間の「経験」とか「主観に基づいて語ったこと」を重視している研究者で、「それぞれの人の経験や意見の積み重ねが『統計」なのだ」というスタンスをとっておられるのだと感じます。


 『歌舞伎町に沼る若者たち』の著者の佐々木チワワさんは、自らも歌舞伎町のホストにハマり、かなりのお金を使っていたそうです。
そして、現在でも、「その散財を後悔している」「ホストにはめられた」と思っているのではなく、「自分にとっては必要だったことで、後悔もしていない」のです。

 著者は、ホストクラブとキャバクラの違いとして、ホストクラブは基本的に「永久指名制度」になっていて、客側は一度指名するホストを決めたら、他の人に変えることはできない、というルールになっていることを挙げています。それによって、客は誰を「永久指名」するか慎重になり、また、ホストの側は店でお金を使ってもらうために、店外での交際費用は、ホスト側が負担して指名してくれた客に尽くすそうです。

 客側は店で高い金額を落としているけれど、そうしてもらうために、ホスト側もさまざまな気配りや姫(たくさんお金を使ってくれる客)に多額の先行投資をするのです。


 著者は「ホストという仕事」について、当事者に直接話を聞いています。

「高校卒業してFラン大学行って就職して営業の仕事やってたんですけど、手取りが20万円くらいで、毎日働いてこれかーと思ったら、ホストやってみようって思って、結果的に20代で売上は1億円超え、年収数千万円なんで、後悔してないっすね」(20代ホスト・年間1億プレイヤー)


「高校卒業して地元で半グレっていうか、詐欺の元締めみたいなのやってて。逮捕されて1年ちょっと刑務所いて、出たあとは地元のバーで働いてたけど、先輩に誘われてホスト始めた。もう俺は夜の世界で生きていくしかないから、昼に戻らない覚悟で手の甲にタトゥーも入れたんだよね」(20代ホスト・月間1000万円プレイヤー)


 早稲田や慶應といった有名大学に通いながらホストをする者から、地方出身の元鳶職までさまざまなバックグラウンドをもつ彼ら。一貫しているのは、最低限の清潔感とコミュニケーション能力があることだ。あとは野心をもち、健康であることもホストをこなしていく必要条件だろう。

 もちろん、彼らは少数派の勝ち組ホストなわけで、実際には何倍、何十倍もの「売れずに疲弊してやめていくホスト」もいるのです。
僕だって、「地道に働けよ!」と言いたくはなるのですが、今の世の中で、「Fラン大学を出て就職して営業の仕事」をやったり、「前科持ち」で社会に出たり、という若い男性が、「大金を稼いでチヤホヤされる」ことができる、あるいは、一発逆転で敗者復活できる法には触れない仕事が、他にはなかなか(というか全然)思いつかないのも事実なのです。

 「親ガチャ」で勝った人たちが、動く歩道に乗って「成功」ルートを歩んでいくのは正義で、一度「負けルート」に乗ってしまったら、ずっと「底辺」でいることを受け入れざるを得ないのか?
その方法が、若い女性からの搾取で、その若い女性が、「頂き女子」になってオッサンたちに「期待」を売って荒稼ぎする、というのは、地獄絵図だよなあ、身の丈にあった慎ましい幸せで、みんな満足できればいいのに、とは思うのだけれど、それは他者に強制できるようなものではありません。

 
 ホストって、「イケメンが女の子と仲良くしてその気にさせるだけで荒稼ぎしている、ラクで羨ましい仕事」というイメージがあったのですが、ホストとして「売れる」のは簡単なことではないのです。

「つねにホストとして過ごしていないと売れないなって思って。一人で寝るときは1時間おきにアラームかけて、全員のLINEを返信して。午前中に家事とかは済ませて、食事はつねにお客さんと一緒。ウーバーイーツを頼むくらいなら女の子と食事して、また次の子とはシーシャに行って。女の子が『まだ一緒にいたいな……』って思うタイミングで切り上げて、来店につなげる。同伴して店で酒飲んで、アフターも女の子3人くらいハシゴ。家に帰って寝たいけど、女の子と添い寝するだけでも『お前には気を許してる』って感じになるので一緒に寝たりしてたなぁ。月1000万円を売り続けるための初速はこんな感じ。売れたらブランドがつくから多少楽になったかな。花見の季節とか、3日で11人と桜見たよ……」(20代ホスト・年間1億円プレイヤー)


 これだけのマメさがあれば、どんな世界でも成功できそうな気がします。
 体力的にもきつそうだし、女の子をハシゴ、と言っても、全員が自分の好みで、一緒にいて楽しい人ばかりではないでしょう。
 プロスポーツ選手や専門職であれば、仕事とプライベートのオンオフがある程度は可能だと思うのですが、ホストは、売れるために、人生を捧げなくてはならないのです。いくら稼げるとしても、毎日こんな生活では、きついよねえ。僕には想像もつかない世界だけれど。


 著者は、歌舞伎町に通うなかで、「ホス狂い」の女性とも大勢接してきています。

 ホスト通いによって顧客が得られる承認のなかで特筆すべき点として、大金を投じる女性の多くは「女らしさ」を資本として金を稼いでいることが挙げられる。キャバクラから風俗、立ちんぼ、パパ活、AVなど、エロス資本を前提としたビジネスに従事する彼女たちは、容姿と経済力が直接的に結びついている。「外見が評価される=稼げる人材」という価値観が根づいているのだ。
 筆者がホス狂いの友人に担当被りの愚痴をこぼしていたとき、「そんな子どうせ稼げなさそうだから大丈夫だよ」という励ましをもらったことがある。容姿や性格を含めて、「女としての魅力がないから、ホストクラブに必要な金も稼げない」という意味なのだが、「稼げそう」「稼げなさそう」という言葉が、女性としての魅力を直接表現する言葉になっていることに衝撃を受けた。
 こうした「外見が良い=稼げる女」という規範が生まれたことにより、客は自己評価の軸が「金を稼げる容姿」となり、自己肯定感が上下する。自分の好きなファッションを楽しんでいるホス狂いを「甘い」と見なし、「オジサンウケのいい黒髪ロングにして清楚系に擬態もできないで稼げないとか努力不足だろ」という過激な意見も見られる。ホストクラブで大金を使うという行動は、それだけ「稼げる自分」という人間の価値を証明してくれるようになるのだ。

「担当に『稼げない女』って思われるのが本当に嫌で、可愛いね、綺麗だねとか言われても、人の基準ってそれぞれじゃないですか。でも私が風俗で月300万円稼いでたら、それだけの人が私を可愛いと思って指名してくれているっていう客観的評価なんで。目に見える形でわかるから、私には価値あるよ、そんな私を大事にしてねってホストに対して思えるんですよね」(22歳・風俗嬢)


 月300万円も稼げるのなら、ホストに貢がずに、自分で好きなことに使えばいいのに、あるいは、貯金して高配当株にでも投資しておけば、働かずに生活していくことも可能になりそうなのに、僕はそう考えてしまいます。
 でも、当事者にとっては、たくさんのお金を稼ぐことが正義、という価値観に慣れていくうちに、「貢ぐため、だけではなく、稼げることそのものが自分自身の存在価値の証明になっていく」のです。
 むしろ、こんなに稼いでいるのに、自分のためではなく、推しのホストを育てるために差し出してしまうことが「快感」になってしまう。


 お金がないなら、生活保護を受ければいいのに(まあ、そう簡単には受けられないのですが)、というコメントは、ネットではけっこうよく見かけますが、生活保護では、お金は得られても、承認欲求は満たされない。
 だからこそ、多くの人は生活保護を忌避するし、それで、国の財政はなんとか成り立っている。


 著者は、「ホストクラブ」と「推し文化」について、こんな考察をしています。

 ホストクラブ産業では、「応援消費」「界隈消費」という言葉が生まれる前からそうした特徴の消費行動が取られてきた。
 一昔前は「ホストクラブに通っている」と言えば「騙されているんじゃないか」「貢がされているんじゃないか」と心配されたが、いまでは「推し活みたいなものか」「隣に座ってくれて応援できるなんて最高じゃん」と言われることも増えた。好きな対象を応援して高い金銭を投じる消費行動が、歌舞伎町だけではなく現代社会で一般的になってきたため、ホストクラブに通う行為を他者から理解されることのハードルは下がっている。
 しかし、「応援消費」や「界隈消費」にも懸念点がある。経済学者の満薗勇は『消費者と日本経済の歴史』で、推し活における応援消費の贈与性について「純粋な贈与ではなく、純粋な消費でもない応援消費は、互恵的贈与関係としても安定せず、売買関係としても安定しない危うさを抱えている」と指摘する。歌舞伎町で言えば、ホストクラブは店舗というプラットフォームを通してはいるが、客は生身の人間であるホストと個別に連絡を取り、直接触れ合い、金銭を投じた結果が1日単位でランキング化される。顧客にとって消費が自らのアイデンティティを支える手段になってしまうと、過剰消費に陥るリスクがある。


(中略)


 さらに、ホストをはじめとする水商売や配信者のように、プラットフォームは存在しても推す側と推される側が事業者を介さずに直接接触できる場合、「好きなら気持ちで示せよ」「これだけ応援したんだからちゃんと返せよ」というように消費を煽る、返礼を煽るリスクがある。推す側・推される側双方に加害性がある点は重々留意するべきだろう。


 こうして自分を客観視して、論文(本)にもできる、というのは、ホストクラブに「沼っている」と言えるのだろうか?
 「潜入取材」みたいなもので、ホストにハマって、推しの売上のために風俗で稼いでボロボロになっていく女性たちの「代表」として著者が語ることは適切なのか?

 それこそ、「それってあなた(のような研究者)の感想でしょ?」とも思うのです。

 本当にホストにハマって自分が見えなくなってしまった人は、自分が見ているものをこうして文章にしてまとめることは難しいはず(あるいは、取材者が「被害者」という色眼鏡でその証言を見てしまう可能性が高くて).

 それでも、この本は「貴重な経験談と当事者への取材」ではあります。

 ホストクラブも、お客さんがみんな身体を売ったり、『頂き女子』になって詐欺行為を働いたりするのであれば、さすがに現代社会で存続できるとは思えないので、マスメディアで大々的に取り上げられる「極端な事例」の何倍、何十倍もの「ホストクラブを日頃のストレス解消や非日常の遊び場として、うまく利用している客」がいるのです。
 競馬とか、パチンコとかのギャンブルや、キャバクラだって、そういう「一部にどハマりしている太客がいて、大多数の客は、それをうまく人生に織り込んでいる娯楽」なのでしょう。

 僕自身は、歌舞伎町の風俗とかホストクラブには縁がなく、というか、いわゆる「夜の世界」には興味が乏しいので、付き合いや接待で店に入ることがあっても「何か面白い話して〜」とか女性に言われて、「お金払っているんだから、そっちが話してくれればいいのに」と内心毒づきつつ、お開きになるのを待っていたものです。
 もちろん、この人は話が上手いなあ、と付いてくれた女性に感心したこともあるんですけどね。

 正直、キャバ嬢やホストに入れ込んで、多額の金銭を貢ぐ人の気持ちというのは、理解できなかったし、これからもたぶんそうです。
 でも、YouTubeのライブ放送を観ていると、メッセージを読んでもらえるくらいの「見返り」しかないのに、何千円、ときには万円単位で「スーパーチャット(投げ銭)」をする人もいるし、他者に貢ぐ行為も「推し活」という言葉で「浄化」され、世間に認知されているのです。

 本人がそれで幸せで、やりすぎなければ、これもまたひとつの「生きがい」なのかもしれませんね。
 「推し」を「やりすぎないように」って、言うのは簡単で、どうしても、「推し活」は過剰になっていきがちだし、その過剰さのおかげで栄えている産業なのだろうけど。


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