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【読書感想】スターの臨終 ☆☆☆


Kindle版もあります。

メメント・モリ――常に死を想えと古人は言った。「板橋のドブ」で死ぬのが理想と語った渥美清、余命1年を宣告されても女優への執念を絶やさなかった川島なお美、葬儀で「幸せな人生だった」と自らの声で語った田中好子、舌がんで入院中も冗談を飛ばしたケーシー高峰……。

時代を彩ったスターは死を目前にして、何を思い、生きたのか。自身もがんと闘い、刊行を待たずに他界した著者が綴った、“死に際”の物語。「デイリー新潮」で話題の連載「メメント・モリな人たち」を書籍化。


 個人の伝記ではなく、ある時代を生きた有名人たちの「晩年」「死にざま」を集めた本といえば、山田風太郎さんの『人間臨終図鑑』を思い出します。
 


 著者の山田風太郎さんは、亡くなった歴史上の人物や有名人・芸能人を「亡くなった年齢」によって分けて、若くして亡くなった人から、亡くなった年齢順に、その死因や晩年の様子などを書いているのです。
 若くして亡くなった人と長く生きてから臨終を迎えた人とでは、死因や本人の状況、世間の反応も異なっているのです。
 図鑑の最初のほうに紹介されている人たちは事故や自死、急性の難病などが主な死因なのですが、次第に長く患った病気の悪化や世間から忘れられかけてからの穏やかな死などの割合が増えていきます。
 『人間臨終図鑑』は、『図鑑』とあるように、物語というよりは資料・辞典みたいな感じで、山田さんがあまり個人の意見や感情を加えずに、淡々と、多くの人の死にざまを書いているのが印象的でした。

 2016年からは、1990年以降に亡くなられた方について関川夏央さんが書いた『人間晩年図巻』のシリーズが刊行されていました。


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 また、スピンオフ作品(?)として、『バンド臨終図鑑』というのも2016年に上梓されました。

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ビートルズからSMAPまで」か……
SMAPの解散は衝撃的なものでしたが、いま、元メンバーの中居正広さんが置かれている状況を考えると、もう、SMAPは再結成どころか、語ることすら避けられていく「芸能界の黒歴史」になっていきそうです。解散しただけなら、まだマシだったのかも……


この『スターの臨終』の著者は、1961年生まれで、朝日新聞の全国紙唯一の「大衆文化担当」記者だった方です。

 朝日、毎日、読売、産経、日経の全国紙5紙で、「大衆文化担当」の編集委員というのは、どうやら私ひとりだけらしい。昭和歌謡・演歌、旅芝居、寅さん、色物芸、ストリップ、夜の風俗、酒場文化、怪異伝承、UFO、忍者、テキヤ、文学、哲学、歴史……。本当に色々な記事を書いた。他にも、北方領土問題に関しては、根室にいた三十数年前から取材を続けており、「国境記者」と呼ばれたこともあった。


 全国紙の記者としては、異例のキャリアで、「こんな人がいたとは、朝日新聞は懐が広いんだな」と感心しました。
 その一方で、僕とひと回りくらいしか年齢が違わない人なのに、あまりに昭和的というか、お涙頂戴的、講談のような「濃い、思い入れたっぷりの文章や表現」が、けっこう鬱陶しくもありました。
 著者が記者として、直接面識がある人のことも書いている、というのは、この本の読みどころであるのと同時に、書き手の感情が入りすぎていて、読む側が引いてしまうところもあったのです。

 僕の父親の葬式のときに、司会をしていた葬儀社の人が、「昭和歌謡の前説みたいな『本日は涙雨が降りしきっております……』という情感たっぷりな語りをはじめて、他人の葬式で自分に酔ってるなこの人……」とイヤな気分になったのを思い出しました。
 こういうのが「大衆文化らしさ」なんだよ、これがいいんだよ、という人も少なからずいるのは承知してはいますが。

 ちなみに、著者自身も前立腺がんを患い、その治療を受けながら、このコラムを書いていたそうです。


 岡田有希子さんの回より。

 彼女の自殺(1986年4月8日)がセンセーショナルに騒がれた当時、全国各地で後追い自殺する人が相次いだ。「ユッコ・シンドローム」という言葉まで生まれ、社会問題になった。「ユッコみたいになりたい」と遺書に自分の想いをつづったり、部屋の机の上に相次ぐ若者の自殺を特集した新聞の社会面が広げてあったり……。岡田の自殺から2週間ほどで40人を超える若者が命を絶ったといわれている。
 報道も過熱していた。岡田が自殺した翌日の4月9日から11日までの3日間で、テレビの関連番組は25本。写真週刊誌は、目を背けたくなるほど痛ましい彼女の最期の姿を掲載した。
「アイドル歌手であったというだけで、どうして死んだ姿まで見せ物にならなければならないのか」
「”出版の自由”を盾にした金儲け主義。被人道的とも思える行為が多くの人を悲しませた」
 このような読者からの激しい憤りの声が事件のあと、朝日新聞の朝刊「声」欄に掲載された。
 彼女は芸能界で生きてきたタレント、しかもトップアイドルなのだから、マスコミが動くのは当然だが、あまりにも度が過ぎていたのではないか。


 その「痛ましい彼女の最期の姿の写真」は、僕も見ました。こんな写真まで載せるのか……と呆れましたが、結局僕も興味本位で見たし、その写真週刊誌への批判は大きかったものの、かなり話題になったのも事実です。
 「大きな声では言えないけれど、見てみたかった」という人たちの声は、なかなか表には出てきません。
 「みんなが知りたがっていることを伝えるのはメディアの使命だ」というのは、売る側からの正しさの濫用のように感じますが、雑誌だって売れなければ続けられないし、そこで働く人にも生活がある。そもそも、読者が本当に不快で見たくないのなら、その雑誌を買わなければいい。

 「そんなことまで報じる必要があるのか!」というマスメディアへの反感と、「それでも興味がある、あの有名人が堕ちていくのを見たい」という願望は、あれから40年経って、メディアの中心がテレビからインターネットに移ろうとしている時代でも、せめぎ合い続けているのです。


 志村けんさんの回には、こんな記述がありました。

 コロナで入院すると、家族が見舞いに行けないことも大きな問題だった。亡くなってからも、遺体と対面するには制約があった。厚労省によると「遺体は非透過性納体袋に収容、密封することが望ましい」とされた。「顔を見られずに別れなくてはならなくてつらい」と悲痛な表情で語ったのは志村の兄。志村の遺体は、袋に密封されたまま火葬されたというが、人の命はそんなに軽いものなのだろうか。


 医療従事者の僕は、こういう文章を朝日新聞のそれなりに偉いはずの人が書いている、ということに嘆息せざるをえませんでした。
 いや、医療を行う側だって、厚労省だって、あのときは、感染拡大予防のために、「いま、生きている人の命を守るために」そうせざるをえなかっただけで、人の命が軽くないから、まだほとんど未知だったウイルスに対して、あんな対策をとっていたのです。
 みんなつらかったし、自分たちの命の危険も感じ続けていました。新型コロナウイルスの「感染拡大力」は、凄まじいものでしたし。

 有名人だから、志村けんさんだから、「一般人」とは異なる、特別な方法で顔を見られるようにしてから荼毘に付されるべきだったのか?
 「情」としては著者の言葉を理解できるのですが、それを理由に他者を責める、そんな記述が多いのが、すごく気になりました。

「みんなに愛された志村さんが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために、顔も見えない状態で火葬されたのは残念だった」
 それで、十分なのでは。

 この本を読んでいると、スターになった人たちは、自らの長所を活かして正攻法で成功することもあれば、努力していたのに報われなかった人が、ひとつのきっかけや方向性を変えることによって、売れていく場合もあるのです。


 水木一郎さんの回より。

 甘い歌声のポップス歌手として売り出したが、鳴かず飛ばず。レコードキャンペーンのサイン会場、本人の前には誰も並ばなかった。
 やっと並んでくれた1人が言った。
「個性がない。あなたは無個性人間だから駄目なのよ」
 その頃同じレコード会社に所属する女性歌手と結婚。銀座のクラブで弾き語りをして生活費を稼いだ。俳優になろうかと考えたが、身長が足りず断念。そんな時、番組の担当ディレクターから「テレビで流れる歌がある。歌ってみないか」と言われた。
 石森章太郎(当時)原作のアニメ「原始少年リュウ」のオープニング曲だった。実は、伸びやかで透明感のある水木の声に、ディレクターが目をつけていたのだ。こうして71年、同アニメの主題歌でアニメソング歌手としてデビュー。ただし、テレビに出るのは名前だけで、顔は出ない。しかも「漫画の歌」という理由でレコード店の片隅に追いやられ、ヒットチャートもランク外扱いだった。
「プロの歌手でもみんな恥ずかしがって歌おうとはしなかった。でも、子どもたちに夢を与えられる。”無個性”を逆手に取って漫画の主人公に成り切ろうと気持ちを切り替えた」と水木は当時を振り返った。
マジンガーZ」「バビル2世」「超人バロム・1」「侍ジャイアンツ」……。子どもたちがテレビ画面の前にいる姿を思い浮かべ、レコーディングに臨んだ。


 プロレスラー・ラッシャー木村さんの回より。

 晩年、木村は新日本プロレスのマットに上がり、猪木と闘ったころのことを思い出しながら、こんなことを言っていたという。
「猪木1人に、こちらは3人一緒(アニマル浜口寺西勇)で闘った。邪道で気は進まなかったが、それでも人気につながらずつらかった。それが(全日本プロレスに移り)マイク一本でこんなに人気になるとは、世の中、不思議なもんだよ」(「週刊朝日」2010年6月11日号)


 水木一郎さんに「個性がない」なんて、「えっ?」という感じなのですが、当時はもっと個性派がたくさんいたのか、あるいは、売れていると「個性」を他者は見出してくれるものなのか。
 水木さんの「無個性と言われるのなら、それを逆手に取って『憑依型』で勝負しよう」という発想の転換や、木村さんがマイクパフォーマンスで見せた礼儀正しい姿の面白さがウケてしまったことには、本当に「世の中、不思議なものだし、何が幸いするかわからないな」と思うのです。


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