Nintendo Switch2、2025年6月5日(木)の発売日が近づいてきましたね。
久々の新しいゲーム機の発売ということもあって、ものすごく楽しみなのですが、今のところ任天堂オンラインでの抽選に「落選」し、その他の抽選にも軒並み外れ続けている状態です。
SNSでは「運試しに応募したら当たった」「これで2台目!」とかいう強運を誇示するコメントが溢れていて、ゲームウォッチの『オクトパス』から45年間くらい任天堂のゲームを買い続けているのに、なんで僕には売ってくれないんだよ……と、当選報告をしている人を呪い続けています。
当たらない、本当に当たらない。
ネットでのアンケートからは、ニンテンドーオンラインでの当選率は20~30%(多言語版は除く)だそうで(僕の周囲の人は「落選」ばかりで、実感としては、そんなに高確率で当選しているのだろうか、とも思うのですが)、当たらなくても仕方がないのは理屈ではわかる。
でも、ちょっと運が良ければ当たりそうな確率ではありますよね。
これが1%とか2%とかなら、まだ諦めもつくのだけれど、当たってもおかしくない数字だけに(そして、ニンテンドー公式以上に当たりそうなところはもう無いだけに)、己の「不運感」はつのるばかりです。
正直、Switch2のYouTubeでの紹介番組を見た時点では、僕はそこまで「すぐに欲しい!」とは思わなかったんですよ。
マリオカートは面白いけれど、3D酔い勢の僕にとっては長時間やるのがつらいし、その他の新ハードの性能を活かしたゲームも、PS5もSteamもXBoxもある僕のゲーム環境を考えれば、「PS5かPCでできるゲームがほとんどで、セールで同じゲームがもっと安く買えるものが多いな」と。
まあ、別にあわてて買わなくてもいいんじゃない?
子どもたちは、もちろん欲しがってはいるけれど、自分で買える値段のものじゃないので、案外冷静、という感じです。
ところが、僕は、ネットで当選報告とかをみているうちに、「Switch2が欲しい!それも発売日に!」という物欲がどんどん増してきてしまいました。
家にSwitchしかない、Switchでしかゲームをやらない、という人たちにとっては、Switch2は「ついに出た高性能の新ハード」なのだろうと思います。
でも、ゲーム機全ツッパ勢の僕は「PS5よりグラフィックは落ちるし、Steam Deckでやってもいいしなあ」と考えつつも、Switch2を手に入れたくてたまらない。
小学生の頃、いまの僕と同じくらいの年齢(50歳くらい)の担任の先生が、こんな話をしていました。
「俺は、みんなの『あれが欲しい』という目が好きなんだ」
そういう「なんかギラギラしたもの」に苦手意識を持っていた僕は「この先生、なんか怖いことを言うなあ」と思ったのです。
小学生にする話じゃないだろう、とも。
(子どもというのは、自分が子どもであるという役割を意識して生きているものです。大人になると忘れてしまいがちだけれど)
僕もあのときの先生と同じくらいの年齢になってみて、先生の言葉に納得できた気がします。
「欲」って、ネガティブにとらえがちだけれど、人間が生きていく、活動していくためには、大事な駆動力なんですよね。
子どもの頃、若い頃は、とにかく、いろんなものが欲しかった。
欲しいと思えば、そのために努力すれば、手が届くんじゃないかと思っていました。
50年生きた僕の物欲は、だいぶ落ち着いてしまいました。
とりあえず、生活費と子どもの学費、趣味に使うお金くらいは必要です。それは、今後も、しばらくは頑張らなくてはいけない。
新しく事業をはじめたり、豪邸を建てたり、競争馬を買えるほど稼げる見込みはないけれど、もう、そういう「手が届かないに決まっているもの」には興味も持てなくなりました。
本当に必要で欲しくて買えそうなものは、買おうと思えば買えるだろうし、買えないレベルの贅沢なものは、もう諦めた。あるいは、諦める回路が、自分にできてしまった。
そんななかで、Switch2は、僕にとって、近年では希少な「欲しいけれど、なかなか手に入らないもの」になってしまったのです。
買って本当に夢中になれるか、と言われたら、まあそれなりに、くらいだと思います。
10代の頃に比べれば、ゲームのために使える時間はなくなっているし(20代、30代よりは増えているけれど)、そもそも、今のゲーム機も使いこなせているとは言い難い。『モンハンワールド』も、シリーズ作品を久しぶりに遊んでいるのですが、「操作難しすぎだろ!」と毒づきながら、片手剣でガチャ押ししてなんとかモンスターと戦っているレベルです(ちなみにようやくChapter3)。
最近は「どうしても欲しくて買ったはずなのに、手に入れたらAmazonの段ボールを開封すらしていないもの」が増えてしまっています。
ゴミ屋敷一直線だなこれは。
糸井重里さんが、「ほしいものが、ほしいわ。」という西武百貨店のコビーを生み出したのは、1988年でした。
当時の僕は、そんなこと言われなくても「ほしいもの」だらけだったので、なんか厭味ったらしくて贅沢なコピーだな、と感じた記憶があります。
でも、いまの僕には、このコピーが、すごく刺さる。
いまの僕には「買おうと思えばすぐに買えるもの」と「絶対に手が届かない、欲しがるだけムダなもの」で二極化していて、「ほしいもの」が無くなってしまった。
「うーん、ブログのPV(ページビュー)?」 とか、真面目に答えてしまいそう(まあでも、これこそ難しいよね)。
そして、物欲とともに「生命力」みたいなものも、乏しくなった。
Switch2、めちゃくちゃ欲しい。
でも、もしどこかで当選したり入手できたりすれば、僕はものすごく喜び、そして、たぶん退屈になる。
「ちょうどいい塩梅の『ほしいもの』」って、どんどん見つけにくくなっているから。
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