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山岸凉子を読んでくれ

ゆきてかえりし物語

ぽっぽアドベント2025、12/13担当のふじおです。毎度参加させていただいてありがとうございます。

昨日はあそさんの新居でのクリスマスツリー購入のすったもんだのお話で、思わず笑ってしまう奮闘記。お父様との思い出が素敵すぎる。新しい住み処って理想の形に整えたくなりますよね。最初はワクワクしてスペシャルな場所!なんだけど、いつしか馴染んでいつも戻ってくる日常の場所、帰ってくる場所になる。

 

adventar.org

 

さて、今回はテーマが旅、「ゆきてかえりし物語」ということです。みんな、ちゃんと旅の話をしていてえらい。

旅、今年は出張旅行くらいしか行っておらず、そもそもねこがいるので長期で旅行がなかなかできない。ぽっぽアドベントは参加したいけど、困ったな全然書ける気がしないなと最初は思ったのですが、この秋、もともと好きだった山岸凉子さんの漫画の世界にどっぷり漬かりましたのでそのことを書きます。なんでもありじゃないかって?まあ勘弁してください。これだけ真面目に皆さんが旅について書く中ですから、一人くらいあまのじゃくがいたってよかろう。

 

 

山岸凉子とは70年代にデビューし、「アラベスク」「日出処の天子」などで一世を風靡した少女漫画家である。めちゃくちゃファンが多い。ファンの間ではお凉様と呼ばれている。御年78歳。たぶん私より上の世代のファンが多いんじゃないかと思います。漢字は涼子ではなく「にすい」の凉子です。比較的最近の作品だとジャンヌ・ダルクの一生を描いた「レベレーション」など。

今年の夏に「日出処の天子」が野村萬斎主演で能狂言の舞台になることが話題になりました。残念ながら私は行けなかったのですが…とか言ってたら北海道で公演が行われるらしい(山岸先生は北海道出身である)。行くしかないのか。

来年の秋に国立新美術館で少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展というのが開催される。時代を作ってきた少女漫画家たちの一人なんですね~。

 

ありていに言えば、「古い」漫画なんですが、山岸凉子作品、若い人も読んでくれ~~~!!!の思いで記事を公開します。イラストも頑張って5年ぶりに描きましたので見てやってください。オタク出戻りの気持ちです。

 

さて、それでははじまりはじまり~。

 

 

原点回帰~山岸凉子作品との出会い~

 

そもそも子どもの頃、漫画は私の家ではちょっと禁忌に近かった。漫画と聞くと今はもう自分で買えるのに、何かしら甘酸っぱいようなきゅんとするような切望感がある。絵を描くのが好き、物語が好きな子どもだったので漫画に対しての飢えが人一倍強かった。私はいまだに単行本の漫画を好きなだけ買うということをしない。小説や社会学の本は好きなだけ買うくせに、漫画は厳選したものだけを選び、棚には並べずにしまっておく。背表紙がにぎやかでインテリアを邪魔するというのもあるけど、巻数がたくさんある漫画を買うことに対して引け目がある。

 

我が家の教育係の母は漫画を読まず(読めないと言っている)、父は漫画を人並みに読むがすすんで購入するほどでもない人だったため、我が家には漫画というものがほとんどなかった。これで上にきょうだいがいたら別だったのだろうけど、私は長子であったため年上のきょうだいの蔵書というものは存在しない。

母にとっては漫画はおそらくあまり子どもに与えたくない娯楽枠だったんだと思う。本と音楽だけは潤沢に与えられた。これは初めての子育てあるあるなのだろう。思えば母の理想像をわりとすなおに受け止めていた長子であった。すなわち、親の認めたものしか吸収させてもらえないアレ。子どもが二人目になると途端に放棄されるルールで、実際に弟は漫画とゲームに明け暮れていた。

こんなに漫画が好きなのに、母が講師を務める習い事教室の生徒さんがたまたま寄贈した漫画と「はだしのゲン」「ブラックジャック」のような学校や公共図書館における教育的とされる漫画しか読む機会はなかった。

他の手段は立ち読みと友人に借りること。友人宅に行くと私はひたすらその家の漫画を読みふけっていた。しかし友人宅にいられる時間には終わりが来るし、自分の好みの漫画かと言われると必ずしもそうではなかった。

立ち読みは子供心にも迷惑行為なのはわかっていた。昔はカバーされていなかったので手に取りやすかったが、ただ読みの罪悪感があったし、いくらなんでも長時間読むには限度があった。そして実際、塾帰りに本屋であしべゆうほ「悪魔の花嫁」を読みふけっているのを帰りが遅いのを心配した鬼の形相の母につかまり、しっかり叱られた経験もある。かわいそうな私。

 

 

山岸凉子の傑作ファンタジー漫画「妖精王」と出会ったのは漫画に飢えていたど真ん中、10歳のとき。妹がまだ幼稚園に通っていたころと思われる。というのは、その幼稚園で年一で開催されていたPTAバザーで破格の30円で買ったからだ。さすがの30年前でもお買い得すぎる価格設定である。幼稚園の不用品バザーはすごい。

絵を描くのが好きな子どもでもあったので、どこかミュシャのようなアールヌーヴォーを感じさせる流麗な絵に一気にひきこまれた。分厚い漫画、全824Pが30円。私にとってはものすごい喜びであった。どう考えてもお買い得すぎる。親にねだらなくても買える金額で自分の自由意志で買える、素敵な漫画。その初めてが山岸凉子作品だというのはインパクトがすごかった。

考えようによっては親が70年代の漫画作品に造詣が深い人間であったならば山岸凉子作品に漂う大人の雰囲気を考慮して、取り上げるか難色を示した可能性が高い。そういう意味ではとてもラッキーだったのだ。

 

 

妖精王の魅力

クーフーリン、爵(ジャック)とプック、井冰鹿(いひか)

「妖精王」は東京から静養のために北海道の親戚の家にやってきた高校生、忍海爵(おしぬみ・じゃっく)が妖精国(ニンフィディア)の跡継ぎとして仲間たちと共にダーク・エルフの女王クイーン・マブと対立するために、摩周湖ならぬ魔州湖へ向かう旅を描いている。

登場したばかりのジャックは高校生活に戻れない辛さや焦りもあって、「こんな田舎に来たくなかった」などと発言する我儘・虚弱・傷つきやすい他責思考を持った都会っ子である。しかし、ジャックはある月の夜に自分が妖精王グィンの生まれ変わりであると騎士クーフーリンに伝えられ、なんだかよくわからないまま旅に出る。そしてエゾ鹿の妖精プックやニンフィディアに生きる様々な妖精・幻獣たちと交流しながら、使命に目覚めていく。

旅を通して成長するジュブナイル漫画でもあり、今回のぽっぽアドベントのテーマである<旅>、まさにゆきてかえりし物語でもあるのだ。ギリシャ神話やアイヌ民話ケルト神話などファンタジー要素が柔軟に織り交ぜられていて、その混在した雰囲気の良さが独特の世界観になっている。

 

なんといっても絵が美しい。パラパラめくっただけでわかる流麗かつ繊細な線。どこか官能性を感じる女性たち(だいたいが妖精や幻獣である)の惜しげもなく晒される裸体。明らかに官能性を自らの持つ当たり前のパワーとして大胆に誇示している。反して主たる男性たちは禁欲的で痩身、神経質に懊悩するタイプ。

思い返せば、これは1つのフェミニズムとの出会いでもあった。ともかく10歳の私は「これはなんかわからんがものすごい、30円で買っていい作品なのか?そして子どもが読んでいい作品なのか?」と本能的に思ったことを覚えている。

敵であるクイーン・マブの体現する優しい女性の美しさと嫉妬に苦しむ恐ろしい修羅の面の両極性も印象的だし、下品ではないけど性の匂いや官能性が漂う大人の漫画という気がした。今読むと清廉すぎたり、幼かったりする主人公サイドのキャラクターより、姿の醜さや出自にコンプレックスを抱え、性愛に貪欲、アイデンティティの揺らぎに悩むダークサイドのキャラクターたちの方がみな魅力的である。

 

ちなみに「妖精王」の推しキャラはミステリアスな伏し目で尾っぽ属性のツンデレ美人、井冰鹿(いひか)です。いひかさんはライトエルフの母とダークエルフの父との間に生まれ、普段は洞窟の中に独りぼっちで暮らしている。ライトエルフたちの持つ清廉さや明るさ、優しさをバカにしながら惹かれているところがあり、自分の出自にコンプレックスを持っているという激萌えキャラクターである。グィンとクーフーリンの友情にバリバリに嫉妬しながら嫉妬している自分を恥じている。

70年代の少女漫画家にロックスターであるデヴィッド・ボウイが与えた影響力は多大であるが、たぶん彼もデヴィッド・ボウイ的キャラクターの派生である。ポーカーフェイスの裏でいろいろ考えすぎるタイプのいひかさんと常に超然としたザ・堅物なクーフーリンの間にただならぬBIG感情を感じるんですね~ヒヒ…。ちなみにこれは気のせいではなくて公式ですんで、確認のために読んでください。

 

これは余談だが、デヴィッド・ボウイジェニファー・コネリー主演の映画「ラビリンス」とストーリーが近いのかも。山岸先生もこういうところで影響受けたのかなと思いきや、「妖精王」は1977~78年に連載され、86年制作の「ラビリンス」のほうが後追いであった。とにかく先見の明がある漫画家である。

 

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ここまで「妖精王」についてひとしきり語らせていただいた。

山岸凉子の長編作品は折り紙付きのすばらしさであり、「妖精王」は中編といえる。が、しかしこれだけでは終わらない。

 

実のところ私は山岸凉子といえば短編の名手と思っているのである。高校~大学時代にちょこちょこと集めて読んでいたが、もっとたくさんまとめて読みたいと思っていた。なんせ作品が多いうえに電子化されたのも2021年と最近で、それもごく一部なのである。つい先日、中古で潮出版スペシャルセレクションが売られていたのをきっかけに、思い切ってドーンと買い集めて読んでみた。収録作品以外にも山岸先生には多数の作品があるのだが、まとめてこれだけ読めるのはスペシャルセレクションならではである。かつてあこがれをもって読んでいた漫画を中年になった今、ぜいたくに読むことができる幸せ…。

そして、やはり今読むと受け取る気持ちや解像度も同じようで少しずつ違うのである。

2025年の今読んでもほんとうに震え上がるほど怖いしめちゃくちゃ面白い。人間が生きるための不変の業、現代の人間が抱える懊悩を見事に描ききっている短編の凄まじさに圧倒される。そこで後半は数ある短編の中から勝手に10作品を選んで何が良いのかをネタばれできるだけなしでふんわり紹介します。潮出版スペシャルコレクションは2016年に完結しているらしい。ほかにも文春文庫などから自選作品集も出ています。

ddnavi.com

 

 

それでは勝手に短編ベスト10。ちなみにベストと言ってますけど、とくにランキングのつもりはないです。

 

 

短編ベスト10

あらすじは自分のオリジナル紹介です。間違ってたらすみません。また収録元としているのは潮出版山岸凉子スペシャルセレクションによるものです。久しぶりに絵が描きたくて落書きを添えたのですが、ご本家の流麗な線とはかけ離れております。悪しからず。それではまいります。

 

 

 

ハーピー】収録「わたしの人形は良い人形」

ある日、男子高校生の佐和は編入生の美女・川堀苑子(かわほりそのこ)から異様な匂いがすることに気づく。それは死臭だ。佐和は自分よりも成績優秀な川堀のことが面白くない。佐和は、女の顔で体が鳥の化け物ハーピーが川堀苑子の正体なのではないかと気づく。彼女のあとをつけるが、なかなか正体はつかめず…。

インセルミソジニーという言葉が日本で聞かれるようになるずっと前の78年の作品であることにびっくり。羽根を生やし、腐臭を漂わせるハーピーは「妖精王」にも出てくる山岸先生お気に入りの怪物では。川堀さんがTHE山岸作品の典型的美女で好きすぎる。進学校シノギを削る学生たちのメンタルの不安定さも描いていると思います。

山岸作品にはいつの間にかコミュニティに入り込んでいる外部からの脅威(得てして妖艶で魅力的である)の話が多く、またその人物が予想通りの怪物/異星人/犯罪者であることも多いのだが、これはわりと素直に読んでいると騙されちゃうね。

 

 

 

【化野の… あだしのの】収録「夏の寓話」

「私」は一人、夕闇の道路沿いを歩いている。あたりは暗く、人通りがない。車やバスが通り抜けていく。家へ向かって歩いているはずなのにいつの間にか方向が間違っているのか、自分がどこにいるのかわからない。あの角を曲がれば、きっと知っている道に出るはず…。

他作品と比較しても短いのですが、すごくリアルで個人的にいちばん嫌なタイプの話です。多くの人間が経験したことがあるであろう無機質な都会の夜、どんどん通り過ぎていく車やバス、寒さ、一人歩く寄る辺なさの不安をひしひしと感じられる。あと、知っている道のはずなのに、ここどこだっけとなる感じや気が付くと遠くに来ていて戻れない心もとない気持ちがよく描かれている。

こういう嫌な夢をいつか見そうな…いや、もう見ているような。なんか自分の家に帰りたいの気持ちはあるのに、道がわかんないってふつうにめちゃくちゃ怖いし不安じゃないですか。それがよくわかるんですよね。

放浪の中で出会う3人の女性の正体もはっきりと明かされないのがまた怖い。

 

 

 

【悪夢 あくむ】収録「天人唐草」

21歳のメイは悪夢をみることに悩まされている。夢の中でメイは10歳の子どもから大人へと徐々に成長しているが、夢の中でのメイは法廷に立たされていたり見覚えのない施設にいたりと、とりとめもない断片的な、不安になる内容ばかり。夢にはボーイフレンドや知った顔の友達も登場するが、なにかが変で…。

いつもより陰影の多い劇画調のタッチと抽象的な表現のバランスが絶妙で子供の頃に読んで印象に残っている。「化野の…」もそうですけど、こういう思いはしたくない!!!と思わせてくれる精神的な追い詰められ方の描き方がうまいし、当たり前なんですけど漫画の展開と構成が素晴らしい…。短編てページ数決まってるので、その枠の中でバシバシ決めていく感じがすごいと思います。

それから、山岸先生はときどき実際の事件や人物をモチーフに取り入れて漫画を描くのだけど、これもその一つ。メイが施設でプレゼントされる(与えられた行為ともいえるかも)箱の中身がとても印象的。

 

 

【蛭子 ひるこ】収録「汐の声

上京して念願の一人暮らしを始めた女子大生の里見は、裕福な遠縁の美少年・岡田春洋(おかだはるみ)と出会う。美しい母親を持ち立派な家に住んでいる春洋はある日、雨に濡れて里見に会いに来る。彼はアパートに泊まり、里見の作る質素な料理に喜ぶ。なつかれてまんざらではない里見だったが、春洋の帰った後にタンスにしまっていた小銭が無くなっていることに気づく。

山岸先生お得意の得体のしれない美少年・美少女モノの中でもいまいち理由がわからないだけにめちゃくちゃ嫌な話。これが美少女ものだとわかりやすく性的なものになっていく流れが多い中、春洋くんはまた少し違う方向性なのがとても嫌。

他作品ですと、自分の美貌や周囲への影響力を理解した上で他者をコントロールする同じ枠に「星の素白き花束の…」の夏夜、「辺見之比礼(へみのひれ)」虹子が入りますね。人は美少女・美少年に人生をめちゃくちゃにされたい欲望がどこかにあるのだろうか。

 

 

 

【海の魚鱗宮 わだつみのうろこのみや】収録「神隠し」

娘を連れて、かつて育った海辺の町へ久しぶりに帰省した寿子。なぜ自分は故郷を離れ、何年も寄りつかなかったのか。ふとしたことで話題にのぼった帽子の話をきっかけに、寿子は幼少時に海辺で出会った愛らしい女の子・奈保子(ナオコ)のことを思い出す…。

幼少期のトラウマの話としてもかなり怖い。自分で自分の記憶に蓋をしてしまう経験がじわじわとしたよみがえる恐ろしさがあります。過去の自分と対峙する話、子どもの性被害をテーマとした話としてはスペシャルセレクションに入ってないけど「パイド・パイパー」も印象的。この話では主人公自身が持つコンプレックスとの向き合い方の着地点でよかった。

余談ですが山岸先生が着物を好きなこともあり、出てくる帽子のシックな色合い(ココア色、オリーブグリーンのリボン、淡いピンクやえんじ色の小花)の描写に改めてほれぼれしてしまう。カラー原稿を見てもたぐいまれな色彩感覚。「着道楽」という着物に固執する女の話を読んでも出てくる着物の描写が最高にかわいいが、話としてはどうしようもない執念がテーマである。あれは私の話だな。

 

 

【夜叉御前 やしゃごぜん】収録「神かくし」

山深い一軒家に家族で越してきた紀子は家族の食事の世話や家事をしながら生活している。家には恐ろしい女の顔をした鬼が時々現れ、紀子は鬼に恐れを抱くが懸命に気づかないふりをして過ごす。夜は大きな黒い影が覆いかぶさり、はねのけようとしても難しい。鬼はその様子を押し入れからじっと見ているのだ。

もうこれはたいへん有名なのでタイトルあげるのも野暮な気はしましたが、スリラーとしても人間こわいとしてもおぞましい。紀子が不憫すぎて名作と言っていいか悩みますが、漫画としてすごいよね…演出がまじで…。ミステリでいうところの「信頼できない語り手」というのも山岸先生はときどき上手に使うと思います。それもわざとやっているわけではなく、なにかしらの理由で他者とのコミュニケーションが絶たれている、あるいはそれが困難である人の視点から描いた作品が秀逸。

 

 

 

スピンクス】収録「甕のぞきの色」

ぼくは魔女の館に住んでいる。真っ白な空間でただ立ち尽くし、夜ごと現れる魔女スピンクスが問いかけてくる質問に必死で答えるのが精いっぱいで、反応ができない。豊満な肉体、尊厳を奪う支配的な言動、鋭く長い爪を持ったスピンクスはぼくの心身を支配する。

前述「夜叉御前」とも共通するテーマ。「悪夢」と同じようなリアルな劇画ぽさと紙人形や壁画といった抽象表現が今読んでもすごい。ファラ・フォーセットなヘアスタイルのスピンクスの恐ろしい強烈な印象といったら永遠に忘れない。そして心身ともに硬直状態にある「ぼく」の無言の訴えが今読んでも胸を打ち、まなざす側の自分を意識せざるを得ない。

山岸作品には〈グレートマザー〉が登場する一方、父親の不在が象徴的に描かれることも多いのですが、子どもをケアする立場として成熟した男性が登場する場合はハッピーエンドが多い気がします。

 

 

木花佐久夜毘売 このはなのさくやひめ】収録「甕のぞきの色」

典子の名前は成績優秀の姉、咲耶が3歳のときにつけたものだ。有名校の教師である父親は素行が悪く見た目も派手な典子に厳しく当たる。姉の名前は「古事記」の木花佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)から取られており、典子は自分が姉の岩長比売(いわながひめ)のような存在なのではないかと不安になる。

兄弟姉妹は最初のライバル…というのは長子の私もよくわかりつつ、姉として反省する面もあり。家族っていちばん難しいよね。姉として知らず知らずのうちにコンプレックスを植え付けていたり抑圧する発言をしていた自覚、あります。

山岸先生は美醜だけによらず家族内の女性の対比を描くことが多いのですが、これは美しいが愛されていない妹の視点からの話で珍しいし、改めて読むとしみじみ良い。家族の外に家族をつくっていこうとする話は好きです。オーガンジーの大きなリボンを制服の胸元につけた80年代ファッションの典子がかわいい。

 

 

【時じくの香の木の実 ときじくのかくのこのみ】収録「夏の寓話」

8歳になった私・日向(ひゅうが)は同い年の妾腹の異母姉、日影とともに「選ばれた片方が永遠に年をとらない巫女になる」という大伯母の言いつけで干した果物を食べる。激しい苦しみから目を覚ました日向は聴覚を失うが、その代わりに届けられる相談事に予言することができるようになる。

いろいろ謎が多いけど爛れたお屋敷ものとしての不気味さがある。一族は政治家を生み出す由緒正しい資産家らしく、そういう家が成功のために二人の少女を犠牲にして霊媒に頼る感じがやだみが強い。

また、永遠に年を取らず、特別な力を持った永遠に年を取らない存在を頼っていくリスク…というか難しさがこの年になってやっとわかったところもあって、再読の意義を感じました。大人になるとはどういうことなのか。そして聞く耳を持たないとは何をもたらすのか。

少女からの女性性、二次性徴や性欲への嫌悪みたいな話も山岸作品には多くて面白いですね。「ハトシェプスト」もそうでしたね。

 

 

閑話休題というか「時じくの~」から少し離れるのですが。

人類の歴史上では古今東西、神の声を届ける人間は現人神とされたり、あるいは穢れのない存在でなくてはならなかったわけです。

「ハトシェプスト」や「日出処の天子」もそうだけどクィアなキャラクターがマージナルな存在として描かれていることが多いんだけど、今読むとちょっと危うさもある。

性のあいまいさやあわいにいることをキャラクターが覚悟をもって自主的に引き受けるような形で描かれていて個人的には好ましい範囲に入るし、それは自分自身にもはっきりとボーダーをひけない部分があるので共感するんですが…。

日出処の天子厩戸皇子の同性愛的資質は生育環境のためとしているところなんかは、当時としてそういうエクスキューズをつけないといけなかったのかなあ。山岸作品の中には「キメィラ」のようにクィアキャラクターの描き方が今読むと厳しい作品もある。

 

 

【天人唐草 てんにんからくさ】収録「天人唐草」

岡村響子は子どもの頃から時代錯誤な厳しい父親と父の言いなりの母の元で自分の意見を言うことを恐れ、「女らしくない」とされる言動は慎むように言われて育ってきた。あまりにもおどおどと引っ込み思案で傷つきやすい彼女にクラスメートも付き合いづらさを感じている。それは勤めに出てからも変わらず、周囲の人間たちとなじめない。

描いている山岸先生自身も、アシスタントの女性たちも「これは自分の姿だ、いやだいやだ」とうめきながら描いたといわれる不朽の名作。山岸凉子の短編代表作なのではないでしょうか。

一人の女性に差別や偏見が内面化されていく様子や抑圧された子どもがどう育っていくかが丹念に描かれていて、いま読んでも震えてしまう。衝撃のラストにいくら何でもどこかに救いはないのか!と思う。響子自身も自分の課題に気づけなかったところがあるんだけど、だからといって…と悲しくなってしまう。誰しも育ちの環境の中の価値観を内面化してしまうことはあるよね。

 

 

 

番外【メディア】

これはスペシャルコレクションに収録されていないが昔読んでいちばん身に染みて恐ろしさを感じた漫画なので最後にご紹介だけ。

短大生の有村ひとみはボーイッシュな装いの女性である。母親は娘べったりで世話を焼き、ひとみと離れたがらない。父は不在で別居中。母親の過剰な愛情を重苦しく感じ始めたひとみは母親と離れて自立することを決意するが…という話。

たしか高校生のときにこれを初めて読み、ひとみの母ほどではないが家族が過保護/過干渉なところがあり、またそこに甘んじてきた自覚がある自分としてはゾッとして「私も少なからず精神的に自立しないといけない」と思った作品である。離れてしまえばなんということはないのだが、おそらく親子というのは一定以上の距離が近いと程度の差はあれ、いびつな関係になってしまうのではないだろうか。毒親という単語などが生まれる前から親子の癒着について様々な角度から描いてきた山岸作品は、40年以上経っても色あせることがない。

 

 

この他にも山岸先生は広島の原爆を描いた「夏の寓話」、東北の飢饉の歴史を下敷きにした「鬼」、チェルノブイリ原発事故をエッセイ風につづった「パエトーン」など社会派な内容の漫画も描かれています。胆力がある。大学受験をテーマにした高校生たちの奮闘と変化を描く「メタモルフォシス伝」や、ツタンカーメンの発掘の一連を描いた「ツタンカーメン」も大好きです。

というわけで、しばらく山岸凉子先生の作品から帰ってこられていない私なのですが、まだまだ語り足りないですし初めて読む方の感想&お凉様ファンのお姉さんたちの話も聞きたいです。

すぐれた作品はいつでも、変わりゆく社会や自分自身を反射する。原点回帰としてもありがたいですね。

 

 

いつもながら自分が楽しい、自分のしたい話しかしない記事になりました。2026年も何かに夢中になれたらいいな。

明日は安琦さんです。

 

 

 




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