
昨年エルヴィス・プレスリーを題材にした『青い月のメンフィス』を観てたいへん面白かったので楽しみにしていた。先に言ってしまうと演目としては『青い月のメンフィス』のほうが好みではあった。エルヴィス・プレスリーの音楽のもつ強度と、大スターの持つ多面的な顔、そしてその孤独が一人のファンガールと共鳴する構造は物悲しい美しさがあった。また、はじめて英語能を楽しむという姿勢でエンタメ的にも消費しやすかったのかもしれない。
去年の感想↓
8月6日と9日に上演される『オッペンハイマー』は徹底して因果の物語として構成されており、テーマのシリアスさはある程度覚悟していたが、国や言語だけではない越境と接続の工夫に度肝を抜かれた。因果から逃れられると答えて500年狐の姿で生き死にを繰り返す僧・百丈∕平家物語の俊寛∕オッペンハイマーの魂が混然となり因果を一心に引き受ける覚悟ができたときに不動明王から倶利伽羅剣と縄を受け取り、あらゆる魂を解放に導く舞を舞う姿を観客が証人として見届ける。
台本を見たときに物語として複雑であることよと思った。ぶっちゃけけっこう難しい。しかし要素がミルフィーユのように多層になっていることで豊かな味わいにもなっているように思えた。
ワキは四国から「重い悲しみが胸に降って」きたことをきっかけに広島までやってきた遍路である。私はこの突然わけもわからず「重い悲しみ」にとらわれることがとても大事なことだと思っている。原爆が落ちた数十年後に生きるお遍路と広島の地がコネクトしたわけで、この力を共鳴や共感、あるいは想像力、いろんな言い方ができると思うが、それこそが歴史とつながる方法だと実感しているからだ。
ワキは不動明王の夢を見て広島へ行くお告げを受け、狐と高僧にゆかりがあるという山寺へ向かい、そこでシテに会う。シテは禅宗の公案の一つ、『無門関』の中の「百丈野狐」という法話に出てくる百丈の話をし、続けてオッペンハイマーについて語りだす。
ちなみに台本ではこの前シテは俊寛の面をつけている設定とされていたが、6日の舞台では前シテこそがオッペンハイマーの面であったように思う。そして、後シテが俊寛の面?と思ったのだけどどうも「俊寛」ではなくて目が金色であることなどを見ても「三日月」に似ているようである。識者に教えていただきたい。
それから永い時を経て、ロバート・オッペンハイマーが作り出した爆弾は広島の街を一瞬に破壊し、人々を焼き尽くし、何百年もの苦を世に広げました。百丈と同じく、オッペンハイマーは世の虚無に陥ったのです。科学者の眼で原子より小さい世界を見通すと、そこには因果の律が働かないようでした。この智慧にオッペンハイマーは目がくらみ、心を失いました。自分の作る爆弾が破壊するであろう何万の、ひいては何百万の人々のことを忘れてしまったのです。
何かしらの真理を追い求めて探究する美学の裏で、それが恐ろしい計画に使用されたときに人間が責任を負えない出来事は様々な場面で起こりうることである。核だけでもチェルノブイリ、水爆実験の第五福竜丸の被ばく、そして自分も体験した東日本大震災が脳裏に浮かぶ。コントロールできるという慢心が「悟りを得た人間は因果から解放される」と答えた百丈禅師の驕りと重なり、また島流しにあった俊寛が仏僧でありながらも我を失い心乱れる姿とも重なるように思う。能の俊寛は見たことがないのでぜひ何かの機会に見てみたい。
人によってはオッペンハイマーを悲劇のヒーローに描いているじゃないかと憤りやもやもやを感じる人もいたかもしれない。
私は因果から逃れられないことを理解したオッペンハイマーが、不動明王によって力を得て衆生のために踊り続けるのを一瞬「許し」のように感じて優しい物語なのかも…と思っていたが、どうもそうではないんじゃないかと一晩経って思い直し始めている。
この舞台におけるオッペンハイマーの罪はけして許されるものではなく、恐ろしい因果を一身に背負う存在として永遠に炎の中で踊り続けることを課されている。あとはオッペンハイマーという名前はついているが、人間の慢心や業の象徴的存在のようにも感じた。
ともあれ、万人から愛され文句のつけようがない作品なんてなかなかないわけなので、私は試みとしてはたいへん面白く思ったし日本以外でも上演されてほしいなと思う。まさかオッペンハイマーも自分が能に取り上げられるとは思いもよらないだろうな…。
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この舞台を観る前に友人と災害や戦争への距離の取り方の話をしており、自分は広島と深い縁は結んでいない自覚があるためこういう形で関心を持つことができるのかもしれない。
というのは私自身はこのブログで語ってきたように3/11が偶然にも誕生日で震災を体験しているのだが、震災について語ろうとするとあんまりうまく話せる感じがなくて、他人に一生懸命話しても頭の中で(いい感じにまとめようとしているな)(悲劇のヒロインぶっているな)ともう一人の自分が邪魔をするわけである。
なので「生きてるといろいろありますよねーハハハ」と終わらせてしまうことが多い。実際そうとしか言いようのないものもあるんだけど、どうもうまく体験をつかみとることができないし、いわゆるショックを受けた人が陥る失語状態とまでは至らないが、途端に口が錆びついたような感覚になる。
代わりに最近は国内の、特に西側や南側の歴史にまったく関心がなかったまま生きてこられたことが恥ずかしくなり、実際に足を運びたいなーと思ったり(思うだけだったり)運んでみたり、関連する読書をしたりと少しずつ関心を持ち始めている。それは自分と物理的にも精神的にも距離があるからできることであるのかもしれない。
あまりにも近いことは受け止めきれず、あるいは気持ちにダメージが与えられ、目をそむけたくなったりもする。すべての〇〇に反対しますと言うときに当然そうは思っていても実際にすべての事象にかかわることは不可能である。差別や戦争が良くないというのは当たり前としても、やれることをやれる範囲でやる。そして、自分の関心が自分の身近な場所ではなくて別の場所にあるのであれば、そこに対して近づいて知っていこうとする努力だけはしていきたい等と考えた一日だった。