ぽっぽアドベント2024おめでとうございます。12/5(木)担当のふじおです。
枠を壊せ! Advent Calendar 2024 - Adventar
12/4(水)はゾンビ犬さんの記事でした。
インドネシア映画のことなんも知らないので面白かったです。あこがれの世界が4DXで具現化するのすごいし、俳優さんに会えたのも素晴らしいですね。そして推しの前だと全部無理になるのすごくわかります。私は10年前にマーク・ストロングさんの舞台の直前、あまりの緊張で体調不良になったから…。
somewhereinJAKARTAで笑ってしまった。そしてまじですみません、旅行の話しようと思ってたけど、全然ちがう話になってしまいました。
毎度ながらみんな熱量が素敵だし面白い。毎年の風物詩になりつつあり、楽しく読ませていただいております。もちろん読んだ方のいろんな感想もいいな~と思いながら追っています。
さて、12月は師走というけど最近は漠然とした焦りで頭の中がいそがしい。このままじゃいけないような、もっとがんばらないといけないような気持ちがあります。
今年はいろいろと面白いものに出会えてよかったし、奇しくもそれぞれが自分の既存の意識枠を超えてくれる何かをくれたのでその話をします。
タイトルの通り、むちゃくちゃです。
基本的に音楽に関心があり、仕事の領域でもあるのでそれが中心になっています。みんなのように対象がまとまってなくて恐縮なんですけど、おもしろ本や情報の紹介と思って読んでください。いっぱいリンク貼りまくったのでアフィリエイトみたいだけど、ただの紹介です。
①『ハミルトン』でラップの練習だYO!

10月。私はミュージカル『ハミルトン』の楽曲The Schuyler Sisters(スカイラー姉妹)の楽譜とにらめっこをしながら英語歌詞の一節を何度も練習している。歌いだしのThere’s nothing rich folks love more than going downtown and slummin’ it with the poor.のslummin’ it with the poor.がどうしてもいえない。
ポイントはslummin’itのスラミン-ニットのリエゾン部分だと気づいた。このフレーズはアーロン・バーというキャラクターが「下町に行って貧乏人と過ごすのは金持ちの最高の道楽さ」と歌っている。バーのように皮肉っぽくニヤニヤしながらさらりといきたいところだが、眉間にしわを寄せてスラミンニットウィッザポーと呪文を繰り返している。
この曲めっちゃ好きだけど、練習しないと「🎵アンジェリカ、ペギー、イライザ、Work!」しか歌えないもん…。
『ハミルトン』は2015年に制作されたメガヒットミュージカルである。ジョージ・ワシントン、トマス・ジェファーソンなどアメリカ建国の祖といわれているメンバーの一人、アレグザンダー・ハミルトンの人生がリン・マニュエル・ミランダの脚本・音楽でミュージカルになった。今も上演されているし、とにかくアメリカミュージカル史においてもエポックメイキングな作品だ。
作品自体は今年知ったわけではなく2019年にNY公演を観ているのだけど、時差ぼけであんまりよく覚えていない。ハマり始めたのは配信で観てからである。惜しいことをした。
『ハミルトン』はDisney+の配信でオリジナルキャストの公演を観られる。Disney社の理念や倫理観が気に食わないところがあるので、金を払うのは正直嫌だなと思いながら今月は『ハミルトン』のために払っている。だから『ハミルトン』は観てほしいけど、Disney+に入れとはなかなか言いづらい。作品自体は一度見る価値はあると思う。
自分にとって『ハミルトン』が特別なのは面白いのもあるけど自分にとって歌うのが難しい枠に入っているからだ。田舎の大学生の頃、落ちこぼれの声楽家見習いだった。つまり、いちおう外国語の楽曲を専門に学習してきたので、ウエストエンドやブロードウェイで上演されてきた有名どころやフランス語圏のミュージカルは楽譜とにらめっこしてある程度練習さえすればなんとなく歌うことができた(あくまでなんとなくである)。
しかし『ハミルトン』は美しいバラードも多いけれどジャズやR&B、ヒップホップなど私があまり人生で通ってこなかったジャンルの音楽を使い分けている。調べていくと、キャラクターの成長に伴ってラップの複雑さや難易度が変わる演劇構造との関わりがあり、日本語字幕だけでは気づきにくいダブル・ミーニングもちりばめられていて面白い。
知性のずば抜けて高いキャラクターには高難易度のラップが当てられていることもあって、語学の壁どころではないやばさがある。舌を噛む、が例えでは済まない難しさだ。これは早口言葉みたいなものなのでネイティブでもできる人とできない人がいるらしい。詳しくなくてアレなんですけど、いろんなアイドルグループでもラップ担当がいると聞いたので、やはり得意/不得意あるのかな。
それはさておき、これまで完全に諦めていた私だが、バラード系だけじゃなくてラップパートだって歌えるようになりたいと実に数年ぶりに尻に火がついた。ここでも悲しき理論の人間なので、楽譜を見ながらゆっくり練習した。さすがに難易度の高い楽曲は避けて、キャッチーで楽しい曲に挑戦した(それがスカイラーシスターズ)。相変わらず噛み噛みで言い間違えたりもするが、少しはましになってきた。一時間くらいするとだいぶできるようになった。
が、一日経つとすぐ忘れる。結局は反復練習だけがものをいうのである。
なんで今までできないと思い込んで、練習しなかったんだろう。なまじ歌の勉強をしていたせいか、ジャンルが違うだけですぐできないと思い込んでしまっていた。もちろん向き不向きはあるし頭が固いので確実に向いていない方の人間だけど、やってみると楽しかった。
楽譜をみると案外ハーモニーはシンプルな和音構成なので本気を出して数時間取り組めば、合唱慣れしている人や耳のいい人はコーラス部分はすぐ歌えると思う。
ちなみに今週末は友人を家に招き、ハミルトン勉強会とアメリカ南部料理の会をやる。大人の遊びである。もちろんThe Schuyler Sistersの歌唱体験も(無理やり)してもらう。Work!
アメリカ南部料理の本はこれ↓
②GO! 天正遣欧少年使節
11月下旬。熊本県水俣市への二泊三日の旅行を終えた私はぼーっとしていた。去年のぽっぽアドベントは昨年の水俣滞在の話を書かせてもらっている。今年もう一度行き、じっくり楽しませてもらった。
滞在したホテルの窓を開ければ不知火海が見えて、その向こうに天草が見える。絶好のロケーションを堪能した。天草や五島列島にも行きたいな、と思った。天草四郎時貞や天正遣欧少年使節のことはよく知らないことに気づいて翌日には図書館へてくてく向かっていた。
支倉常長率いた慶長遣欧使節はわが故郷にサン・ファン館があるのでなんとなく知ってるけど。リニューアルしたんだって。行きたい。
日本でキリスト教が禁教とされた時代に生きた人々の信念をそのまま引き継いでいる人たちが天草や五島列島に今も暮らしている。天草や五島ではかくれキリシタンによって唱えられた祈りの言葉おらしょがあり、それはその土地によって少しずつ形が違うそうだ。
ちょうど昨日皆川達夫『キリシタン音楽入門』を読み終わった。bp-uccj.jp
日本の西洋音楽化は明治とされているが(国歌「君が代」が紆余曲折ありながら作られたのもこの頃である)、ほんとうはフランシスコ・ザビエルがやってきた16世紀にキリスト教の布教とともに典礼音楽が入ってきている。天正遣欧使節の少年たちも西洋音楽を学習していた。しかしその後の厳しい弾圧と信仰の禁制で、その記録の多くは失われてしまった。国内で印刷された楽譜もマカオなどの国外に移され、現在確認できるものはあとで日本に戻ってきたものなのだそうだ。上記の『かくれキリシタン』に書いてあったことなのだけど、絶対に周りに悟られないようにかくれキリシタンたちは声に出さず、口の中で祈りの言葉を唱えるそうだ。声を奪われたともいえるが、信仰を奪われないための無音の力強さを思う。
『キリシタン音楽入門』の終章では箏曲「六段の調べ」はキリスト教音楽のクレドから来ているのではないかという面白い問題提起になっている。皆川先生曰くかなり専門用語を省いて簡易な言葉でこの本を出版したとのことだが、正直私にも難しかった…教会旋法の話とか前提知識ないとわかんないよね。
「六段の調べ」は初段から六段まであって、日本の音楽らしくめちゃゆっくりから急激に早くなっていく6つの曲のことである。初段の最初だけ演奏したことがあるので、へえ~となった。一般的には八橋検校が作ったと言われてそれが定説となっているが、どうもそうではないのではないかという意見もあり、作曲者候補が複数いるらしい。
The 日本の伝統、箏! そしてこれが古典の曲「六段の調べ」です!とこれまで紹介されているし私もそう認識していた。明確な結論は出ていないものの、キリスト教弾圧の時代に箏の純粋器楽曲として祈りの旋律が残ったとしたら面白い話である。
偶然ながら来月、箏の演奏家とお話をする機会があるのでこのあたりをいろいろ聞いてみたい。
余談。
天正遣欧少年使節はイエズス会宣教師ヴァリニャーノに連れられて長崎から二年半の長い旅路を経て、ヨーロッパに到達した。伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、そして中浦ジュリアンの4名の少年で構成された使節団だ。13、14歳で旅に出て帰国したのは8年後である。TBSで『MAGI 天正遣欧少年使節』ドラマも作られたのに今は配信をしていないのが残念である。
友達(Kちゃん)にこの話をしたところ、「むかしアイドルがおったんよ…」と言い始め、Youtubeでアイドルとして歌い踊る『GO! 天正遣欧少年使節』(2011)を突然見せられた。テレビ神奈川の戦国鍋という歴史ネタの歌番組である。困惑した。こいつはなんていうものを見せるんだと思った。
しかし観れば観るほどくせになる。私はこれで4人の名前もばっちり覚えた。振付もしっかり考えられていてすごかった。みんなも一緒に歌って覚えてね。
🎵伊東はマンショ 千々石はミゲル 原はそうマルチノ~
中浦はなんたってジュリアンさ ぼくたち天正遣欧少年使節 GO!GO!GO!
ゲラゲラ笑ったこの流れで松田毅一の昭和の名著『天正遣欧使節』を一気読みした。これもまたなんか、誤解を恐れずにいうとかなりオタクっぽくて面白かった。
インドのゴアで少年たちとヴァリニャーノが泣く泣く別れることになった場面などで松田さんも目頭を熱くし、独身で家庭を持たない立場のヴァリニャーノの父性の目覚めを感じ取って文章が激エモになっている。
あと、少年使節たちがたどったヨーロッパへの旅を追体験する旅行もしており、ゴアで井戸水を(この水を少年たちも飲んだことであろう…)と飲もうとしてコレラがかつてこの地で流行ったことを思い出して冷静に止めてるのもちょっとウケた。旅に使節団たちとちょうど同い年の知人の息子を同行させて、あれこれ投影しがちなのも若干の気持ち悪さがあったが、気持ちはわからないでもない。
松田さんは史料から読み取った上での思考なので、私のようなただのオタクではなく研究者としての態度なのだが、はっきりいってかなり面白い。情熱がはみ出していた。
箏の話もだけど、また違う視点で天正遣欧使節のことも語られる日が来るかもしれない。若桑みどりさんの『クアトロ・ラガッツィ』を読み始めています。めちゃおもろなんですけど分厚いので読み通せるかな…。
③カリブ海の「歴史」はだれが語るのか
10月は読書会きっかけでエドゥアール・グリッサン『第四世紀』と中村達『わたしが諸島である』を読んだ。秋になると私はてきめんに本が読めるようになる。夏はどうしてるかというとずっと配信を観ているだけである。
奴隷船でカリブ海・マルティニック島に運ばれたアフリカ黒人の、ロングエ家とべリューズ家、二つの家系を軸に六代にわたる年代記が描くアフロ=クレオールの「歴史」を描いた『第四世紀』。これは読書会という目標がなかったらぜったいに諦めていた読書だった…(結局体調を崩して参加できなかったけど)。
物語の語り手であるパパ・ロングエという老人は私たちが通常学ぶ因果関係がはっきりした直線的な語りを持たない。つまり、Aが起こったからBがあり、BがあったあとにCがある…という論理的な「歴史」の流れでは語られない。
話はあっちこっちへ行くし、そもそも今誰の話をしているんだ?とめちゃくちゃ混乱しながら読んだのだが、それはマルティニックの「歴史」そのものが簒奪されているからだ。記録された順序が決まりきった「歴史」の語り方をグリッサンは選択しない。
カリブ海に浮かぶ諸島は1492年のコロンブスの発見から西インド諸島と呼ばれた。その大航海時代以降、すべての島がイギリス・フランス・スペイン・オランダなどヨーロッパ諸国の植民地となった。現地住民が滅亡し、アフリカから奴隷が連れてこられて土地の「歴史」は奪われた。私たちが習う「歴史」は誰が記したものなのかという問いが鮮烈に焼き付く読書体験だった。
『ハミルトン』の話に戻ってしまうけれど、主人公のハミルトンもカリブ海出身なのでカリブ海の事情をつなげて知ることができて面白かったし、'Who lives, Who dies, Who tells your story?'という歌詞で終わる作品であることも見事につながる。
『ハミルトン』でもっとも感銘を受けたのはラストで、猛々しく男性たちが闘い、論文を書き、決闘で死んだというマッチョなストーリーが残っているのは妻のイライザの功績によるものだと明かされるところだ。華やかで賢いアンジェリカも大好きだが、物静かなイライザが現代の私たちへ物語をつないでくれる感動と同時に彼女への敬意が示されるラストシーンが私は大好きなのである。
④能を舞うエルヴィス・プレスリー
7月、英語能『青い月のメンフィス』を観に行った。柳井イニシアティブが主催、シアター能楽によって演じられる英語能だが、これがめっぽう面白かったので感想の記事も書いた。
エルヴィスの命日にファンガールのジュディとエルヴィス・プレスリーの霊がメンフィスのエルヴィスの墓地で邂逅する物語だ。Love me tenderが能の調子で歌われる。
くわしくは上の記事に書いたのでよかったらどうぞ。
↨2016年の公演時に制作された紹介ビデオ。
とにかく、自分の中にも外国人が能を演じるなんてできないんじゃないの?という偏見があったのが打ち砕かれた。そういう偏見を披露するならば、日本人だって日本音楽をわからないのだから西洋人にも日本音楽がわからないはずだというべきだといった趣旨のことを述べたのは児玉竜一氏だ。
私は日本に住んで日本語を母語として暮らし、ヨーロッパで発展したオペラを勉強して、バレエやアメリカ発祥のミュージカルを鑑賞して楽しく過ごしている。児玉氏のいうように私は日本音楽をろくに知らない。もしかして今まで出会ったヨーロッパの人たちは私がクラシック音楽を勉強しているのを本当のところは何もわかってないだろうと思ったのかも…というか、そう思われている可能性のことをちらとも考えたことがなかった。なんという非対称。傲慢でした。
これ日本で2日間しか公演しなかったのがとても残念。みんなに観てほしいなと思うくらい面白かったです。
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あっちこっちに話がいって申し訳ない。単に私がこんなことを知って面白かったよ! いまこんなことに関心があるよ!という記録に過ぎないのだけど、共通して言えるのは私の中の既存の価値観を変えてくれたことだ。
それも「正史」とされている出来事を、周縁の視点から見つめ直す行為。中心-周縁の関係性はいま、あらゆる場面で気づかされる。自分がこれまで中心の語りにしか耳を傾けてこなかったことを痛感する。
正直この記事、最初はもっと独りよがりな反省ばかりでずず暗かった。一人反省会はやめようと思ってこの調子で書くことにしました。しかし、今の私はいよいよ自分が一人相撲を無様に取ってるような気がしている。あれもこれもつなげすぎて、もしかしてちょっと荒唐無稽な陰謀論者ぽくなってないかな…やばそうだったら言ってねみんなたち…。
ラッパーに話も聞いてみたいし、日本キリシタン音楽史も知りたい、箏や琵琶も習いたいし、能も観に行きたいし何なら体験したい。やりたいことがたくさんありすぎて、どれも中途半端だなーと思うし、したり顔で問題提起していることも実際のところはもう色んな方がトライしていることだろう。私は大したことはできず、枠を爪でカリカリしているだけだ。幸い、こういう趣味に近い領域で仕事をしているので、何かしらの形で組織に還元できればと思っている。
それから、もう中年にさしかかっているので余計にいい意味でチャラチャラしないといけないと考えている。未知のことを面白がってなんでもやってみること。ともするとすごく保守的になるので、これは気を付けたい。
野心を抱えて天を指すハミルトンと遥かなるヨーロッパを目指す天正遣欧使節の少年たちと自分たちの歴史を語るパパ・ロングエと能を舞う幽玄のエルヴィス。
いろんなものに元気をもらいながらもう少し一人相撲を取りつづけたい。
明日のぽっぽアドベントは山ワン氏です。
ぽっぽアドベント、最後までお楽しみにね!