2025年の秋、新婚旅行でトルコを旅行した記録。6泊8日。
○ 1 日目 10:25成田発。航空会社はターキッシュエアラインズ。6,300マイルを飛んでイスタンブール へ向かう。13時間もの長距離フライトは初めてだ。腰痛持ちの自分は腰が爆発するのを防ぐためにサポーターや骨盤矯正クッションを買い込み、あらゆるストレッチを覚えてフライトに臨んだ。結果、腰はなんとか大丈夫だった。足がむくんだくらい。 座席のモニターにvoyager3Dというフライトの様子を見れるアプリがあった。飛行機のルートはなるべく人間が住んでいる場所の上空を飛ぶようだ。飛行機の腹に真下を見下ろす中継カメラが付いている。荒涼としたコーカサス の大地を空から眺めていると時々集落が見えて、こんな最果ての土地にも人の暮らしがあることに気付く。元々住んでいる人からしたら当たり前の暮らしも、日本に住む自分からしたら想像もつかない世界だ。どんなものかわからないが、案外豊かなのかもしれない。 途中、何ヶ所か全く人の気配のしない荒れた土地が延々と続く箇所があった。ウィキペディア の「フランクリン遠征」の記事を思い出す。個人的に好きな記事トップ5に入るお気に入りだ。19世紀半ば、イギリスの海軍のフランクリン卿は北極海航路 を探索する目的で大西洋を航海する。現在で言うカナダの北東部だ。途中で氷に阻まれて船を放棄し、誰もいない地の果てで絶望的な彷徨を繰り広げる。結果的に隊員129名全員が死んだ。「世界の探検史上例を見ない死の行軍」「遠征隊の最期の地が(…) 文明の最も近い前哨からは数百マイルも離れていた」との記述がなんとも言えず良い。あまりに破滅的で。遭難系の記事は秀逸なものが多い。「ドナー峠」とか「ウルグアイ 空軍機571便遭難事故」など。 あとは映画『ナポレオン』と『マッドマックス 怒りのデスロード』『ハリーポッター アズカバンの囚人』を観た。久々のマッドマックスは破茶滅茶に面白かった。これぞエンタメ。
窓枠に付いた氷の結晶が太陽に照らされる様を見ていた
現地時刻の18時頃にイスタンブール に到着。国内線の乗り換えまで時間があるので空港を散策。カフェでトルココーヒーとチャイを飲む。コーヒーは粉っぽく、以前に寒河江 にある「トルコ館」で飲んだコーヒーが本場に準拠した本物だったとわかった。つまり美味くはない。チャイは美味い。空港を行き交う人々を眺める。トルコ人 男性は全員同じ髪型に同じ髭を生やしているので、なかなか見分けがつかない。22時過ぎにカイセ リ空港へ到着。バスに乗ってカッパドキア へ。爆睡してたら一瞬で着いた。カッパドキア の洞窟ホテル にチェックイン。いい部屋だった。本当にしっかりと洞窟で驚く。ベランダに出ると、夜空にオリオン座が見えた。結構寒い。結局この日はトータルで9,800キロほど移動した。一万キロくらい遠く離れても、同じ星座が見えるのは感慨深い。随分と遠くに来たものだ。深夜1時くらいに就寝。時差で6時間巻き戻ったこともあり、長い一日だった。
○2日目
トルコにはそこらじゅうに猫がいる
朝食がバイキング形式でどれも美味い。チーズの種類が豊富だった。カッパドキア はペルシア語で「美しい馬の国」の意味らしい。街の中心には馬のオブジェがある。
今回のトルコ旅行は、日本の旅行会社のツアーに参加した。6泊全ての宿と移動を自分で手配するのが面倒だった(トルコの国土面積は日本の2倍)のと、パッケージツアーで行きたい世界遺産 を全て回れるプランがあったので。金額も安く済んだ。現地に行くまで知らなかったが、このツアーはトルコ政府のプロモーション事業の対象らしく、ツアー料金の40%は政府が負担しているとのことだった。ありがたい。ツアーの参加者は年配の方が多く、大学生がいた他では我々夫婦が一番若い部類だった。
8世紀に建設された地下都市へ行く。ローマ時代、迫害を受けた初期のキリスト教 徒が隠れ住んだ場所。1965年に世界遺産 登録された。高さが1mも無いような通路を進むと、様々な形の部屋に繋がっている。洞窟の遺跡に点在する小麦の貯蔵庫、ワイナリー、リビングなどを見学した。 次にローズバレーという荒涼とした奇岩の多い土地へ。スターウォーズ エピソード1の撮影地の候補だったらしい。アナキン・スカイウォーカー の暮らしていた故郷、タトゥイーンのモデルだ。確かにポッドレースのシーンなどを思い起こさせる砂と岩の大地だ。この地で実際に撮影された、と書きたいが、いま調べたらタトゥイーンのシーンはチュニジア で撮った、とネットにあった。トルコ政府が撮影を許可しなかったらしい。
三姉妹の岩、と呼ばれる奇岩
かつては岩をくり抜いて住居にしていた
晴天で景色の写真が映えた。バスで夕方まで名所を巡り、洞窟ホテル に戻って夕食。 ツアー客の間では、明日気球が飛ぶかどうかの話題で持ちきりだった。このツアーは主にカッパドキア 、パムッカレ、イスタンブール の世界遺産 を巡るものだが、旅程で最大のイベントはやはりカッパドキア の気球体験だった。晴れていることが条件で、天気が良くても強風だと飛ばないらしい。本当はこの日(2日目)の朝飛ぶはずが、強風のため乗れず延期になったのだ。残るチャンスは翌日しかない。気球に乗るかどうかでこの旅の満足度は全然違うはず。各々がスマホ で情報収集したところ、飛ぶか否かはこの時点でわからなかった。集団の心理としてみんな悪い方に想像を膨らませがちなので、皆が「もう無理なんじゃないか」と口々に言い始める。不安なまま洞窟ホテル で眠る。
○3日目 気球が飛びそうなため、早朝4時起きで離陸スポットへ向かう。10月のトルコはやや寒い。まだ暗い中、砂のオフロードを小型バスで爆走する。日が出る前に出かけるのはワクワクするので好きだ。暗がりのそこらじゅうに集団がいてざわざわと興奮が伝わってくる。
準備が始まると、急にそこかしこで気球が膨らみ始めた。多いと120機が一斉に飛ぶらしい。 脚立を使って籠に飛び込み、空へ飛び立つ。割と揺れずにスムーズに離陸。自分は高いところが苦手なことを思い出し、足がすくんで籠の中心部へ避難する。めっちゃ怖い。上空は風が強いかと覚悟したが無風だった。 数百メートル上り、地面が遠くなると逆にそこまで怖くなくなったので周囲を見渡す。視野いっぱいに、色とりどりの気球が浮かんでいる。壮観だった。あまりに日常から離れた風景にクラクラする。これだけ密集して飛び立つとぶつかるのでは?と思っていたら普通に気球同士でぶつかっていた。でもボヨンと跳ね返るだけで問題なく離れる。操縦士がガスの燃料を噴射すると、気球の中で赤い炎が燃え上がる。どのように操作しているか気になって見ていると、人力で紐を引いて気球の上部を開閉して高度を調整しているらしい。気球は風で結構流される。乗客は荷物を出発地点のバスに預けるのだが、気球は出発地点に降りてこれる訳ではないので、無線で「この辺に降りるぞ」と連絡したところへ走ってくる。そして凄いのが、気球は地面に着地するのではなく運搬用の小型トラックの荷台に着陸するのだ。操縦士が細かく向きを調整して、神がかった技で荷台にドンと着く。無事に地上に降り立って、操縦士たちとなんか記念のシャンパ ンファイトをしてツアー客みんなで飲む。チップはグラスに入れて返すのがマナーらしいのでそうする。
絨毯の商店へ。世界中のバイヤーが買い付けにくるという館へ。おばちゃんたちが手作業で織っている場を見学。写真は蚕から糸を取り出すところ。トルコ商人は究極に喋りが上手い。大阪万博 の間はトルコ館で勤務したという大柄なトルコ人 が、日本語でテンポ良くジョークを交えながら次々に絨毯を紹介していく。エンターテイメント性に本当に関心した。
右は33万円、左は88万円。高いものには古くは王族の絨毯だけを作っていたという地名=ブランド、「ヘレケ」の文字が入っている。
バスに乗り、ビート(砂糖大根)を大量に積んだトラックを追い越しながら西へ。この日の移動距離は617キロ。どの街も中心部に象徴がオブジェになっている。カッパドキア の中心地ネヴシェヒルは馬のオブジェ、AKSARAYという街は中心に犬のオブジェがあった。途中で立ち寄ったパーキングエリアで食べたヨーグルトに蜂蜜とゴマをかけたものが美味しかった。とにかく食事にはヨーグルトやチーズが出てくる。ブルガリア とも近いし、乳製品を多く食べる文化なのだろう。アイランという伝統的な飲料も飲んでみたが、とにかくしょっぱく、全然好みではなかった。
数百キロバスで移動し、パムッカレという街に着く。巨大なホテルに泊まる。かっこいいデザインだった。なんとなく旧ソビエト連邦 とかにありそうな雰囲気だ。トルコもソ連 側の影響を受けてるのだろうか。冷戦時の分野は知識がなくわからない。トルコはNATO に加盟している一番東に位置する国だったはず。ホテルの外観も内装も、やたら鋭い角度の意匠が多い。食事はどこのホテルでもバイキングだが、ヨーグルトの種類が豊富で選ぶのが楽しい。はちみつやジャムをかけて食べる。たまに胡麻 がかかっていたりする。宗教的理由からか豚肉は全くない。チキンか羊肉ばかりだ。この晩あたりからツアー客同士で打ち解けてきて、お互いの職業や居住地なんかのぼんやりした情報がわかってくる。仕事を早期退職し、株で儲けているおじさん。強そうな生保レディー2人組。学生さん、などなど。食事の代金はツアー料金に入っているが、飲み物代は毎回支払わなくてはならない。なんか懐かしいデザインのファンタを飲んだ。この日で旅の3日目が終了。まだ序盤である。