
「嘆きのテレーズ」(原題:Therese Raquin, 1952)は長年未見だったが、ついに見ることができた。監督は「天井桟敷の人々」の名匠マルセル・カルネ。ヴェニス映画祭に出品され銀獅子賞(現在の最優秀監督賞)を獲得した作品。
アマゾンプライムでこうしたクラシック映画、特に1950年代のフランス映画などを配信しているのはありがたい。
原作はエミール・ゾラの「テレーズ・ラカン」(映画の原題)。音楽は「めぐりあい」のモーリス・ティリエ。
南仏リヨン。愛のない結婚をして、傲慢な夫カミーユと陰湿な姑ラカンに挟まれ暗い毎日を送るテレーズ。そんなテレーズの前に粗野だが魅力的な男ローランが現れる。
一瞬で恋に落ちた2人はカミーユを殺害。警察の取り調べを乗り切り、一時は完全犯罪をなし遂げたかのように思われたが、事件には1人の目撃者がいたことでひっくり返る。
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主演は「肉体の冠」のシモーヌ・シニョレ。撮影当時31歳のシニョレが後年の老け役とは違い若さと美貌が光っている。肝が据わっていて、とくに悪役に変身するときの目の演技がいい。
共演は「オリーヴの下に平和はない」のラフ・ヴァローネのほか「巴里の空の下セーヌは流れる」のシルヴィー、「肉体の冠」のローラン・ルザッフル、舞台出のジャク・デュビイなど。
ストーリーは不倫の3角関係を描いているが、ハラハラさせられるラストはどんでん返しの結末となる。シニョレがこの映画の後、あの「悪魔のような女」での悪女ぶりが開花するのだ。後年、ドロンとの共演のやや太めのおばちゃん役(失礼)に変貌する前のシニョレがよい。

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南仏リヨンの裏町。ラカン生地店の主婦になったテレーズ(シモーヌ・シニョレ)は、病弱なくせに傲慢な夫カミイユ(ジャク・デュビイ)、息子を溺愛するだけの姑ラカン夫人(シルヴィー)にはさまれて、冷たく暗い毎日を送っていた。
貨物駅に勤めるカミイユは或日イタリア人のトラック運転手ローラン(ラフ・ヴァローネ)と知り合い、意気投合して家に連れて来た。
逞ましく若々しいこの男の魅力にテレーズはみるみる惹かれ、ローランもまた彼女を思いつめて駆落ちを迫るに至った。
危険な、あわただしい逢びきが重なり、二人はカミイユに真相をつげて離婚を承諾させよぅとした。
しかし、夫は哀願と脅迫をくりかえして妻をパリの親類に閉じこめてしまおうと図った。
その旅行の途中、あとを追ったローランがテレーズと車中で密会している現場にカミイユが現れた。二人の男は女を中に争い、ついにローランはカミイユをデッキから突き落してしまった。
きびしい警察の訊問。その間、テレーズは勿論口を割りはしなかったが、たえず彼女の脳裡を襲うのは惨死体となった夫の姿。
そして息子の死以来全身不髄となってただただテレーズを睨むだけのラカン夫人の眼であった(怖っ)。

もはやローランの抱擁さえ、テレーズから死人の面影を消すわけにはゆかず、二人ば絶交状態におちた。
一方、事件の夜、列車で夫婦と同室だった復員水兵(ローラン・ルザッフル)がいたが、彼は新聞でテレーズの住所を知ると同時にあの夜の記憶を呼びおこし、事業資金獲得と称して五十万フランの口止料を彼女に要求した。
テレーズにはローラン以外頼る男はない。再び結びついた二人は折よく鉄道会社からおりた弔慰金を水兵に渡して国外に逃げようと計画した。
しかしその金を二人から受取った瞬間、水兵はトラックに轢かれて即死した。その臨終を看とったローランもテレーズも、この時、かねての用意に水兵が検事への密告状をホテルの女中に托していたことは知らなかったのである。
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テレーズは、気弱でマザコンにしか見えない夫と、口うるさい姑の間で10数年間、裁縫と看病と店の会計だけの生活を強いられてきた。そんなテレーズに駆け落ちを迫るローラン。
テレーズが姑に「映画を見に行きたい」というと「キスシーンなら街角で見られるから見ればいい」とつっけんどん。姑は息子が死ぬと植物人間のようになるが、目だけは強烈にテレーズの動きを観察しているのが怖い(笑)。
列車のコンパートメント(客室)にいた水兵が、テレーズの夫の死に関してゆすってくるボンクラ。最後は壮絶だったが…。
思った以上の展開の面白さが待っていて、時代を超えた名作といえそう。
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