
「生きる/LIVING」(2022)は黒澤明の名作「生きる」をノーベル賞作家のカズオ・イシグロが英国を舞台に翻案・脚色。監督はオリヴァー・ハーマナス。
第35回東京国際映画祭のクロージング作品として上映された。余命半年を告げられた男が、人生を見つめ直し変わっていく様を描いている。
主演は「ラブ・アクチュアリー」「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」の名優ビル・ナイ。共演は「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」のエイミー・ルー・ウッド「シカゴ7裁判」のアレックス・シャープら。
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1953年のロンドン。若いピーター・ウェイクリング(アレックス・シャープ)は市役所の市民課に就職した。課長であるロドニー・ウィリアムズ(ビル・ナイ)は大変な堅物で他人を寄せ付けず、部下たちは冗談を言うことも控えていた。
ある日、陳情書を持ち込む婦人たち。汚水まみれの小さな資材置き場を子供たちの遊び場に変えて欲しいという陳情。彼女たちは何ヶ月もたらい回しにされながら市役所に通い続けていた。しかし、無表情なまま陳情書を未決の棚に放り込むロドニー。
ある日、医者から末期ガンを宣告されるロドニー。寿命は半年か長くて九ヶ月だった。同居の息子夫婦に話そうとするが、日頃から疎遠で言いそびれるロドニー。
彼は初めて役所を無断欠勤し、預金を下ろし海辺のリゾート地に行って羽目を外した。だが、性に合わずにロンドンに戻り、出勤するふりをして町をさ迷い歩くロドニーだったが…。
町でロドニーを見かけ、声をかける部下のマーガレット・ハリス(エイミー・ルー・ウッド)。カフェに転職して副店長になるという陽気なマーガレットを食事に誘うロドニー。

その姿を見た近所の噂好きの主婦が息子の嫁に告げ口し、浮気を疑う息子夫婦。父親に意見しようと意気込むが、厳格な父を前にすると息子は何も言えなかった。
3週間も無断欠勤を続けた末に、マーガレットが転職したカフェに行くロドニー。マーガレットはウェイトレスとして働いていた。
「副店長」は店員募集のセールストークだったのだ。時間の潰し方が分からないからと、マーガレットをデートに誘うロドニー。
仕事をサボることに反対なマーガレットに末期ガンだと打ち明け、明るく前向きな彼女のように一日でも生きたいと話すロドニー。
翌朝、役所に復帰したロドニーは人が変わったように意気込んで、土砂降りの中、陳情されていた遊び場の現場に向った。
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場面がいきなりロドニーの葬儀の場面に代りやや面食らうが、葬儀に集い故人を偲ぶ人々の中でも、陳情した婦人たちはロドニーが一人で遊ぶ場を作ったと彼を讃えた。
しかし、手柄は他の部署やお偉方に横取りされていた。ロドニーは他の部署に苦労して話を通し、渋る役人たちやお偉方を説得して遊び場を作り上げたいきさつが、語られていく。
ロドニーは、話が聞いてもらえず、理不尽なことが続いても(余命が限られており)
「私には怒っている暇はない」のだった。
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お役所仕事はどこも同じか。新人は書類の山は高くして置き、書類を減らさないように「何かをしているフリ」をすることを最初に教わる。毎日苦情の嵐だから、と右から左に受け流すことも役所の仕事であることを見せつけられるという展開。
子供の遊び場を作ってほしいなどの陳情が来ると、役所では市民課ではなく下水道課だなどと、各部署をたらい回しにする。

マーガレットとウイリアムズの二人のやりとりも面白い。
マーガレットは職場の同僚たちにあだ名をつけていたが「絶対に怒らないという約束してくれれば話す」といいウイリアムズが承諾すると、なんと「ミスター・ゾンビ」と名付けていたのだった。
死んでいるようだが死んではいない、といった意味合いで、ウイリアムズは「ミスター・ゾンビか。いいあだ名だ。ピッタリだ」と喜ぶ。
ウイリアムズは、マーガレットは職場ではおてんば娘と思ったが、つまらない職場を変えたし、マーガレットに接することで「彼女を見ろ!輝いている」と自分を見つめなおすことができた。生きるとはどういうことか…?
劇中見た映画はケーリー・グラント主演の「僕は戦争花嫁」(I Was a Male War Bride)だった。
ウイリアムズは完成した公園のブランコで、スコットランドの懐かしい歌「ナナカマドの木」を口ずさむ。名作「生きる」(1952)のオリジナル版で志村喬が歌う「ゴンドラの唄」に相当する歌として採用された歌。
歌詞は「これほど美しい木があろうか。もはや会うこともない人々。私の胸に刻まれた懐かしき人々よ。心に浮かぶ母の面影♪」といったもの。
ロンドンの駅が登場するが「ウィータール―駅」(あの「哀愁」の舞台)。
黒澤明の名作「生きる」を1950年代の英国に置き換えうまくリメイクしている。
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