以下の内容はhttps://fpd.hatenablog.com/entry/2023/05/25/074525より取得しました。


【訃報】米歌手・俳優のティナ・ターナー、死去。83歳。

米歌手で俳優のティナ・ターナーが24日、スイスのチューリヒ近郊にある自宅で死去した。83 歳だった。代理人が明らかにした。

ロックンロールの女王」と称され、グラミー賞を8度受賞したほか、映画「マッドマックス/サンダードーム」(1985)ではメル・ギブソンとともに主演を務めた。

ティナ・ターナーは1939年、米テネシー州生まれ。
最初は、アイク・ターナーのキング・オヴ・リズムの看板歌手としてのデビュー。最初の録音は1958年の「リトル・アン」の名義だった。

ロックンロールの黎明期である1950年代にデビューし「What's Love Got to Do with It(愛の魔力)」などの曲が大ヒット。

ティナ・ターナーとして初めて舞台に立ったのは、1960年、アイク・アンド・ティナ・ターナー・レヴューの一員として活動を始めた時。

デュオの名義で売り出した一連の曲がヒット。この中には「ア・フール・イン・ラヴ」(1960)「リヴァー・ディープ-マウンテン・ハイ」(1966)「プラウド・メアリー」(1971)「ナットブッシュ・シティ・リミッツ」(1973)などがあり、いずれもティナ・ターナーが自分で作曲した。

1969年、アイク&ティナ・ターナーローリング・ストーンズアメリカ・ツアーで前座を務め、ますますその名を高めた。1970年、エドサリヴァン・ショーに出演。ツアーは成功した。

1971年初めにデュオはクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「プラウド・メアリー」をカヴァーして発表したところ、この曲が過去最高のヒットとなった。ビルボード新曲100のチャートで第4位まで上がり、同時に100万枚を越える売り上げを記録した。

2008年になかば引退していた状態から再びカムバックして「ティナ・ターナー50周年記念ツアー」を行った。1991年、アイク&ティナ・ターナー名義で「ロックの殿堂」入り。2021年にはソロ名義で「ロックの殿堂」入りを果たしている。

 

fpd.hatenablog.com

fpd.hatenablog.com

ご冥福をお祈りいたします。

 

■「にほんブログ村」にポチッと!

https://movie.blogmura.com/ranking/in   

https://movie.blogmura.com/moviereview/ranking/in




以上の内容はhttps://fpd.hatenablog.com/entry/2023/05/25/074525より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14