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同時代評 ─小作争議篇─


 群集心理は恐ろしい。


 小作争議が激化して紛糾に紛糾を重ねると、「多数派」かつ「攻め手」たる小作側から急速に良心とか節度とか、分別とか見境とか、世間普通の水準で「正気」に属するあらゆるモノが消えてゆく。

 

 

 


 我が意を通し勝利に至る為ならば、どんな非道も厭わない。闇討ち、放火もなんのその。地主当人のみならず、彼の親類知己縁者、掌中の珠と可愛がる童子童女に対しても、威脅圧迫は及ぶのだ。


「或地方では消防組を組織しても小作人の方で其指揮権を握り、地主の子弟にはなるべく危険な役目を仰付けるやうにして居る所もあれば、又小学校の児童の間にも地主の子女と小作人の子女とが相分れ、遊戯を共にすることなきは勿論、小作人の子女が多勢なるまゝに勢力を振って地主の子供を虐め、彼等をして終に通学するを厭ふにも至らしめつつある、──まあざっと、こんな具合に。

 

 ハブられ、無視され、虐められ、登校拒否に心的外傷。


 実に日本の、それも田舎者らしい陰湿ぶりであったろう。


 京都帝国大学教授・法学博士河田嗣郎は一連の状況を俯瞰して、


 ──どうも最近の日本は、革命後の労農ロシアに酷似して来た。


 と、重大な危惧を表白している。


 すなわち、「恰もロシアに於て彼の共産革命以来『農村貧民』と称せらるゝ者共を中央政府が援助して、地主や自作農民階級に対して階級戦争を誘発せしめ、農村を化して修羅の巷たらしめ、つひに農業生産の大疲弊を招来せしめたのとやや似たる」、蓋し忌むべき、危険千万この上もない状況と。

 

 

Mr. Shiro Kawada

Wikipediaより、河田嗣郎)

 


 アカに分断される社会はいつ見ても心地のよいものでない。


 辛うじて、僅かばかりの希望のぞみの綱は、河田の如き碩学が、

 


おもふに小作人運動なるものが、元来階級的な解放運動である限りは、斯くの如き状態の生ずるのは已むを得ざる所でもあらう。けれども之が為に、従来兎にも角にも整って居た農村生活が破壊され、又農業生産も一時大いに疲弊して、生産の量を減じ質を劣悪ならしめ、要するに一般的に農業の衰微を齎すに至るべきは、見逃し難き所である。…(中略)…農業一般の命脈の絶ゆると相俟って、小作人問題が解決して見た所で、それは何の役にも立ち得ない

 


 煽動屋に踊らされ、頭に血が昇りきった人々を、どうにか鎮静させようと、必死に言葉を選んで綴った文だけが、せめてもの清涼剤である。

 

 

 


「近年小作争議といふものが始まり、いろいろな複雑な、千差万別の情状をも酌量、洞観せず、例の賀川豊彦などゝいふセンチメンタルの大専売業者が出て来て、用のない処にまで農民を煽動し、村民古来の良風美俗を撹乱するといふは、聞いたゞけでも苦々しくて堪らない

 


 こちらは近松秋江の言。


 プロレタリア作家とか云う気色の悪い生物が徐々に蔓延り、醜悪さを増す文壇に、彼の如きが尚も残って居てくれたのは、なかなか以って頼もしい。励まされる眺めであった。

 

 

 

 

 


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