一九二四年八月三日、ドイツ国民は巨大な弔事の中に居た。
欧州大戦勃発の十周年記念日である。
この日、ベルリン市に於けるあらゆる公共施設にはこぞって半旗が掲げられ、市民はそれを仰ぎ見て、逝ける偉大な帝国へ、とむらいの意を露わにしたるものだった。
(Wikipediaより、ドイツの国旗)
議事堂前では時の大統領閣下、フリードリヒ・エーベルトによる演説が先ず行われ──「ドイツは十年前祖国を護ると云ふ唯一の目的を以て銃を執って起ったのである。今後ドイツ国民は宜しく祖国復興の為に努力せられたい」──、それから続いて軍楽隊が葬列行進曲を演奏、森厳なる「民族の祭典」が執り行われて居たそうな。
演奏が完了したならば、二分間の黙祷だ。
十年前のこの日からドイツ民族の運命は「没落」の坂を転がり堕ちていったのだ、と。
事実を受け止め、且つ悼み、そしてきっといつの日か、嘗ての光輝を恢復せん、と。
一二〇秒間の沈黙の中、過去と未来に想いを馳せたのであった。

「二度とあやまちは繰り返しません」云々と、しみったれた陰気なセリフは誰一人として、まさか吐かなかったようである。なんと羨ましい。まさに羨望に値する。その一事だけで、もう、もはや、日本のいわゆる「終戦の日」の祭典よりも、遥かに意義ある催し物であることは確定したも同然だ。
翻って考えると、およそ日本国内で、大東亜戦争の開戦日には特に目立ったイベントがない。ワイマール共和国の如く首都を丸ごと喪に服さしめた
「終わった」のが八月十五日ということは一般常識の類だが、「始まった」のが、さて、いつだったかとなると、正答率は相当低いのではないか?
この偏りは、あまり愉快なものでない。何故かというと説明が難しいのだが。名状し難い不快さが、腹の底にて、兎に角

(靖国神社にて撮影)
なお、大戦勃発十周年記念の日。荘厳なる雰囲気がベルリン市内に醸し出される一方で、およそそいつを台無しにするアカの乱痴気騒ぎというのも、残念ながら観測されて居たそうな。
彼らは今を盛りとばかりにインターナショナルを熱唱しつつ大通りを練り歩き、赤色革命扇動のパンフレットを手当たり次第に配りまくったそうである。むろん、事前の届け出など一切なんにもしていない。当然、警官隊に追い散らされて、うち何名かが「お縄」になったと云うことだ。
慰霊の儀式の真っ只中でも空気を読まず、ひたすら自己の信じるところの政治的主張をがなり立てる破廉恥、傲慢、厚顔さ。全く以ってアカらしい。世紀を跨いで今に伝わる、彼らの伝統であったろう。

「ドイツは、ブルジョワたることを望む者によってでもなく、プロレタリアたることを望む者によってでもなく、ただドイツ人であることを欲する者によって構成されなければならない!」
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