奥飛騨では農業に。
「入浴」ばかりが温泉利用の全部ではない、時代・地域によりけりで、用途はまったく多種多様。
紀伊半島に滾々と湧く白浜温泉では嘗て、斯かる熱と湿気とを食用蝸牛の養殖用に宛てていた。

(『Ghostwire: Tokyo』より)
蝸牛、すなわちカタツムリである。
塩をかけると縮こまる、全身粘膜に覆われた、気色悪くも愛嬌のある例の陸貝。紫陽花と合わせて梅雨の風物詩といっていい、あの生き物を増やして捌いて調理して、皿に乗っけて客に出し、美味いと言わせて地元の新たな名物に仕立て上げんと企んだ、一風変わった挑戦者の名は即ち高田善右衛門。
その経営する温泉旅館の設備を使い、昭和十一年四月二十六日を期に「親」たる十匹を取り寄せて飼育を開始したところ、これがもう面白いほど図にあたり、三ヶ月を俟たずして二千六百匹以上にまで増殖したから凄まじい。
倍々ゲームもいいところ、まさにネズミ算式である。
いくらカタツムリが雌雄同体、増えるに有利な種といえど、眉に唾をしないことには聞けない数字であったろう。
具体的な飼育の様子に関しては、高田善右衛門、本人の口述が残されている。
「初めは温泉浴場の湯を張った浴槽上に並べておきましたが、その後浴槽内の湯をすっかりあけてしまって空の浴槽内に上から湯を落下させた方がその飛沫によって熱も湿度もより効果的であるやうに思ひまして最近はその方法でやってゐます、…(中略)…余剰温泉の利用としては非常に面白く、飼料なども全部料理部の残物でまだ一銭もこれに入れたことがありません、この秋ごろから酢のものや、佃煮、吸物など日本料理化して希望のお客にサーヴィスしやうと思ってゐます」
令和七年現下に於いて、エスカルゴが白浜の目玉料理であるなどと、そんな話は聞き覚えがない。
(Wikipediaより、白浜温泉)
つまりはそういうことなのだろう。日本人の嗜好には、どうにも合致せなんだようだ。今となっては一片の奇談として残るのみ。なんともはや世知辛い、現実の味なのである。
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