地球に熔けると表現すれば、まあまあ聞こえは良かろうが――。
マグマを慕って自由落下に身を
阿蘇山もまた、その舞台に使われた。か細いながら、それは確かにあったのだ。
明治三十九年に渋川玄耳が記録している、「阿蘇山に新噴火口が出来た、旧口と共に盛に噴火して居る、先日来二人まで投身者が有ったから、山霊が穢れを怒って暴れるのだ、と山下の村民は大に危惧を抱いて居る」云々と。
火山としての格ならば、むしろ大いに上回る。
にも拘らず阿蘇山が、ついに三原山になれなんだ
人を動かすには物語が肝腎だ。「華厳の滝」と「藤村操」に見るように、ある一ヶ所が死の聖地として昇華される契機には、若い
さすればこそ病んだ霊魂の持ち主たちが、残香に惹かれるようにして、陸続集い来るのであろう。艶やかな死が無数の雑多な死を招く。「負の引力」とも呼びたくなる作用であった。
ところで華厳の瀑布といえば、その滝壺の附近にて、営業していた茶屋がある。
今では古地図にのみ遺る、「五郎平茶屋」が
そこへあるとき、松崎天民が訪ねていった。
水菓子などを喰らいつつ、百戦錬磨のジャーナリストの風格を面目躍如と発揮して、応対に出た店主から、猟奇噺の数々をあれよあれよと引き出している。以下、その「成果」を載せておく。
「こゝに斯うして茶店を出して居ますと、時には上から飛込む所を、
「たった今までこの茶店で休んで、面白い世間話をした人が、滝壺の方へ行った限り行方が判らなくなる様な事も、決して珍しい事では御座いません、巡査派出所を建てましても、飛込む者を一々見付け出して、抱き止める訳にも参りませんから、近頃は放ってある様ですが、思へば恐ろしい魔の滝で御座いますよ」
藤村操と「巖頭之感」の影響は、蓋し深甚と言わざるを得ぬ。

なんといっても「ケゴる」なる動詞までをも発生させた程である。意味はもちろん、察しの通り。もしも滝に霊あらば、
――おれこそいい面の皮だよ。
と、さだめし露骨に閉口したに相違ない。
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