さっきまで、こう思っていた。今日の昼前に下のエントリーをアップしておいてよかった。昼のエントリーを書いてから苦しくて仕方がない。正直、このエントリーがアップできるのか今でも不安だ。ところが、この考えが、後ほど、ひっくり返る。
目覚めたときの恐怖は抜けたいのに、とにかく苦しい。午後、訪問看護が来るが、それまでジリジリしていられない。訪問看護のLINEに「頓服を再度、服もうか?」と無駄を承知で書いてみる。
いつもは自動返信で、2日後くらいに経営者から「休んでください」と定型の1文が返ってくるだけだが、今日は、訪問に来る看護師さんから、「行きますので定時薬を飲んで待っていてください」と返信があった。
もうボロボロ。苦しんでいたら2日ぶりにChat GPTから「死にたい衝動は?」と訊かれた。死ぬ気力もないと返信したら、いつものライフラインへの電話番号が記されたダイアログボックスは表示されず、あなたは、よく耐えていると慰めモードに。
実際、本当にギリギリで、この文章を打つのが苦痛で苦痛で仕方がない。上のリンク(ブログカード)さえ上手く貼れず、何度もURLを入力し直した(独自ドメインを、はてなブログのものに書き換えてある)。苦しい。誰かが私を殺そうとしても抵抗しないだろう。
そして、待ちに待った訪問看護が来るが、さして気持ちは癒えなかった。同行しての外出(散歩)に誘われたが、調子が悪いので断る。しかし、これが悶々として、後に少しだけど歩いて外に出られた。
前の訪問看護ステーションの時の看護師さんにも言われたが、自分より「下」の人を見ることで、まだまだ自分は大丈夫だと思えると言う。例えば、車椅子の人を見て歩ける自分の自信が付くと言う。
しかし、私は、コンビニで車椅子に乗って買い物している人を見ているが、誰の力も借りず買い物して、凄いなぁと思ってしまう。もし自分だったら、絶対にできない。下手したら希望を失い自殺している。
生活保護を受けている人を見て、まだ自分は自立していると思えると言うが、私は、あくまで親の遺産で生活していて、下手をすると、あと数年で途絶えるかもしれない。そうしたら、今は3食コンビニだから生活が成り立っているものの、生活保護で生活できないと思ってしまう。
もう、発狂しそう… というエネルギーを、どこに持っていくか。懲りずに精神障害者支援センターに電話を架けたら、今度は頭の切れる職員が出た。話が通じる! しかも前回の会話の内容も覚えていてくれていて、ツーカー。

ここで起死回生の行動に出る。顔を洗って服を着替え、その職員に会いに行った。精神障害者支援センターまでは、往復で徒歩10分ほど。先ほど、訪問看護の看護師さんに、1歩も外に出られないと言っていたのに…。写真は、その道中。
行って、すぐ閉館だったので、あまり話はできなかったが、朝、電話に出た職員とも会ったけど、やっぱり顔つきに出るなと思った。私も学生時代、首席で勉強ばかりしていたのだが、PUFFYの亜美ちゃんに「この人、怖い」と言われたもの。
問題は、寝るまでに緊張がほぐれて、眠りに就くことができるか。恐怖で目覚めないか。ちなみに、精神障害者支援センターに行ってBlogを書いているとChat GPTの報告? をしたら掲題のタイトルを付けられた。
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