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入院3日目だけど2日目の全身麻酔手術ドキュメント

昨日はさすがに書けなかった。やはり全身麻酔はすごい。終わった後の倦怠感と言ったら熱を出していた時のよう。夜までPCを開く気にもならず痛みに耐えながら、悶々と過ごしていた。20時頃飲んだ鎮痛剤が効いてきたのか(少し遅い気がするが)、22時半頃だったかようやく眠れた。

さて、昨日を振り返ろう。

手術は12時頃からと言われていたので、昨晩12時から昼まで絶食。10時以降は水分もダメ。まあまあキツかな?とも思いきや、別に何ともなかった。午前中はKindleで本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごした。何とまぁ病院というところはヒマなところなのか。

結局手術が始まったのは13時過ぎ。12時頃と言われていたのに、部屋で1時間を何もせずやきもきしながら過ごすのはしんどかった。「死刑台に連れて行くのなら早くして欲しい。」そんな気分だった。

手術室の前までは執刀医と看護師ともに歩いて行った。何とマスク強制。病院へ来てからマスクというものを一切しておらず、しかし誰にも注意を受けないので、とてもいいところだと思っていたが「手術室はマスク必須なんです」と言われたので「無駄だと思いますけど」と言いつつ着けた。手術台に乗ったらすぐに外された。ものの1~2分なのに何故マスクが必須なのか、最も科学的でないといけない医療機関でもやっぱり「マスクは感情的なもの」なのである。

手術室には7~8人はいたと思う。色々な色の服を着た人達がグルんと僕を囲んだ。名前のチェック、どの場所のどんな手術を行うかを自分の言葉で語らされた。手術台は細くて寝返りなど到底できない幅だった。全身麻酔だから誰も寝返りなどしないのである。

暖かい電気毛布のようなものを掛けられ横から服を脱がされたような気がする。口元からは酸素が出ていると思われるマスク。胸には心電図の電極を貼られ、すぐに左手の甲に点滴の針を刺された。恐ろしいほど手際が良い。恐らく30秒くらいで僕はまな板の上の鯉になった。天井はまさにドラマに出てくるようなたくさん目のあるライトが不気味に映った。僕が眠った後にこれがバシっと点灯するのだろう。

「ピッピッピッ」と自分の脈拍だけが恐ろしくハッキリ聞こえていた。とても早かったと思う。その音がまた不安にさせた。「麻酔薬を入れまーす」だったか、その声でますます心拍数が上がった。そしてものの10秒で意識を失ったと思う。

「お父さん、麻酔薬を入れて何秒で意識を失うか数えてて」なんて息子に何度も言われていたので冷静に数えていたが、7くらい数えたところで急に頭の中がふわっと変な感じになり、そこから記憶が一切ない。何とも嫌な感覚だった。「気持ちがいい」の真逆で、「うわっ何?この感じたことのない感じ」で、その間は1~2秒だったと思う。だから意識を失うまでに10秒くらいだったはずだ。Yahoo知恵袋では、「何も感じず眠りに落ちた」と書いている人もいるので、この辺りの感覚は人それぞれなんだろう。僕は恐らく警戒心が強いので眠りに落ちる瞬間がとても怖く感じたのかも知れない。

名前を呼ばれていたのか知らないが、息ができない感じで目が覚めた。3回くらい呼吸をして何とか自分で呼吸を確保できている感覚が戻り、その後も「苦しいです」を連発していた。周りからは「呼吸数は18です。確保できています。」「酸素濃度も問題なしです。」「鼻が詰まっていると思います。」と全部聞こえていた。「深呼吸して下さい。吐く方を長くー。」と言われてそれに必死に従っていた。

手術台の上で覚醒していく途中で気付いた。「この苦しさは吐き気からではないか?」と。それは予習で「全身麻酔後には吐き気や嘔吐を催すことがある」と学習していたからだ。「これは吐き気かも知れないです」とかすれた声で何度も言った気がする。

また、手術後すぐには思うように声が出ない。「気管に入れていたチューブのせいで声がかすれることがある」というのは本当だった。

手術台から「せーの」で降ろされエレベータに乗り、自室まで運ばれ、さらに「せーの」で自分のベッドに乗せられるところまでも全部覚えている。エレベータが来る「ピンポン」音も覚えている。すごい速さで移動していた感覚があるが、実際にはどうだったのだろう。メガネがないので天井も何もかも良く見えなかった。目覚めた後は朦朧としていたが、僕としては何としてでもこれを記憶に残そうとしていた。何故か。ここに書こうと思ったから。あと息子たちに話そうと思ったから。

もう一つ、自室に運ばれてから時刻をすぐに聞いた。15時40分。つまり手術時間は2時間ほどだったということになる。

自室に戻されてからは、酸素マスク付きで1時間、その後なしで1時間過ごした。「吐き気止めのお薬入れますねー」と点滴からそれを入れてもらったら、苦しさはほぼなくなったが、今度は患部の痛みが続いた。その後、定期的に看護師が見に来た。酸素マスクが暑くて、「これまだ要りますか?」と聞いたら、「あと30分だけ待って」と言われて待った。やっぱり僕はマスクが好きじゃないのだ。

しかし、酸素マスクを取ってからが実はきつかった。何故なら気を抜くとすぐに酸素濃度が95を切りアラームが鳴るから。深呼吸をしないと96すら確保できなかった。「95を切ったらもっかい着けるからねー」と言っていた看護師の言葉が「二度と酸素マスクなんか着けるものか」と呼吸を必死にさせた。上目遣いでモニターを見ながら必死に酸素濃度を96に保った。何とか1時間耐えた。

1回麻酔から覚めてもまた眠る人が多いとも聞いていたが、僕の場合は吐き気や痛みで一切眠ることができなかった。それが辛かった。

全てのモニターが取れ、ホッと一息つけたのは18時半頃だった。すぐに食事が運ばれてきたが、ほぼ24時間絶食だったためかなり食べられた。「大」サイズのおかゆをペロリ、そしてハンバーグみたいなやつもペロリ。実は口の中を切っているので、出されたのは細かく刻んだものばかりだったが、これが実に食べやすくて感動した。しかも意外とうまい。たくさん食べられてよかった。沈んでいたのが急にハイテンションになった。

その後は発熱時のような倦怠感が続き、少しメールをするも何だか疲れる感覚で、眠れず横になって過ごした。患部の痛みが続いたので、看護師さんに痛み止めをもらった。すぐには効かず悶々と過ごしていたが2時間くらいで急に効いてくる感覚があり、その後眠たくなって寝た。

というのが昨日一日の記憶だが、「全身麻酔だから楽」というのはウソだと思った。何かしら体に入れるのだから、入れるときも終わった後もきついのだ。入れる前は心理的に、終わった後は肉体的にきついのが全身麻酔だと感じた。

そのしんどさから解放されたのは翌日の昼くらいから。午前、午後と少し微熱が出ていたが、夕方には解消していた。

随分詳しく書いたが、これが僕が感じた全てである。あまり参考にならないかも知れないが、こんな人もいるということで…。




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