このところ、週末ごとに実家の庭の片付けをしています。
今日はスコップを持って行きました。

(スコップとシャベルの呼び分けには地域差があるそうです)
片付けているのは、父が育てていた(?)植物の鉢植えです。
父の状況については、また記事を書くつもりでいますが、
「おそらく、もう家に戻ることはない……だろう」
という状態です。*1
戻ってこないだろうと思っているから、処分を始めているのですが……。
私の実家は、地方の分譲住宅地にある一戸建てです。
庭が100坪ある……と言うと、すごい豪邸のように聞こえるかも知れません。
さてこの写真を見てください。

どこの河川敷か耕作放棄地か、と思われるでしょうが、これが「100坪の庭」…の一部です。
よく見ると、枯れ野のように見えるのは園芸店のカゴトレーの集合体で、その中に、朽ち果てたプラ鉢やビニールポットが累々としているのがわかります。

以前の記事で、父の趣味を「多肉植物」と書きました。
父の介護が始まったと思ったら終わった。 - 小学校笑いぐさ日記
しかし、あれは若干事実を単純化した表現で。
確かに、主に買っていたのは多肉やサボテンなのですが、それ以外にも、蘭だのバラだの果樹の苗だのを買っていました。

(年末に私と出かけた時に買った植物。サボテンが多い。買ってすぐ縁側に入れたのでまだ割と元気)
広い庭のある家にしたのも、父が、趣味の園芸を思う存分楽しめるようにだそうです。
(だから、家の建築面積は庭よりだいぶ狭い)
……ところが父、植物を買ってはいたのですが、このところ、その多くを、園芸店から買った状態のまま、地べたにおいて放置していたのです。
その結果としての枯れ野なので、ある意味ではやはり「耕作放棄地」かも知れません。
ビニールポットから出してプランターに植え替えたらしい苗もこんな状態です。

こういう砂漠化したプランター、空き家の軒先とかにはよく見かけますが。
中で枯れているのが父が植えた植物なのか、それとも侵入してきた雑草なのか、もうよくわからない状態です。
こう書くと、
「お父さんが入院して家族が放置したから枯れたんじゃないの?」
と思われるかも知れませんが、父が入院したのは昨年12月末です。
「年末までは元気に育っていた」という状態でないのは、見ればわかるかと思います。
(そもそも「家族が放置した」といっても、冬は水やりもあまりしない方が良い季節ですし)
母曰く、
「それでも、いつもの年なら、秋になると父さんが枯れた草をずいぶん刈り込んだりしてたんだけど、今年は全然手が回らなかったみたいで……」
とのことなのですが。
しかし、プランターとかビニールポットって、いくら屋外に置いても、1年や2年でボロボロになるものではないと思います。

(プランターがあるのわかりますか……?)
そう考えると、父の易怒性が高まって、母が限界に達したのは確かに昨年12月でしたが、認知症自体は、それよりずいぶん前から徐々に進んでいたのかも知れません。
私も、実家の庭の植物が伸び放題で、特に夏場は見通しが悪くなるほどなのは以前から承知していたのですが、
「まあ、庭いじりは父さんが好きにやってることだし……」
と諦めて、あまり細かい状況を確認していませんでした。
(見たくなかったとも言う)
しかし、昨年12月26日、父が入院した日の夜、母が、
「霜が当たらないように、動かせる分だけでも縁側に入れてあげよう」
というので、外に出してあった多肉植物などの鉢を、母と一緒に屋内に運びました。
その時、
「これも運ぶの?」
「いや、いいわよ。何も生えてないから」
「こっちは?」
「それも動かせないから」
というようなやりとりがあって。
それでようやく、庭にひしめいている鉢の8割ほどが、実際には何も生えていないか、雑草が生えているかの状態だと気付きました。
元気なのは、数日前に買ったものばかり。(3枚目の写真のサボテンなどがそれ)
もしも前からちゃんと見ていれば、もっと早く父の異状に気付くことができたのかもしれない……と思う一方、「じゃあ一体いつから認知症だったんだ」という思いもあります。
ともあれ、この「耕作放棄地」を放っておくと、夏には雑草が伸び放題になり、ヤブ蚊などの巣窟になってしまいます。
実家も不快ですが、ご近所にも迷惑です。
さりとて、カゴトレーとビニールポットが敷き詰められた状態では、草刈り機を掛けることもできないし、それどころか足を踏み入れることもままなりません。
そこで、母の意向で、今のうちから少しずつ庭を片付けることにしたのです。
(私としても、実家にこまめに帰って、母の様子を見ておいた方がいい、という考えもあります)
父が買って世話していた鉢植えを、父の入院中に処分してしまうのは、正直なところ罪悪感もあります。
「鉄道模型を捨ててから、夫の様子がおかしい」みたいですよね。
しかし、前述の通り、このまま、父がいないまま夏になったら管理不能になりますし。
それに、主治医に、もう自宅に戻るのは難しい、と(その時は)言われましたし……そもそも父自身、全然世話できておらず、ほとんどの鉢はすでに枯れ果てているわけですし……。
まあ……どう書いても言い訳がましく聞こえますね。
葛藤があるが、やるべきだろうと思っている、というのが正直なところです。
ともあれ、庭の隅を土捨て場に決め、私がそこまでカゴトレーを運び、母が土を空けて、残ったビニールポットを燃えるゴミの袋にまとめる、という分担になりました。
……と、言うは易し。
つい先日までは、日中になっても土が凍っていて、ビニールポットを逆さに振っても土が出てこない日が続きました。
しかし何より困ったのは、カゴトレーの多くが地面から持ち上がらないことです。
「8割が何も生えていない」
と書きましたが、問題は残りの2割です。
わかりづらい写真で申し訳ないですが。

何の木の苗なのかわからないのですが、ビニールポットから地面に根付いてしまったものや、逆に、庭木の根が外からカゴトレーの中に侵入しているものが少なからずあります。
先週はうっかり持ち上げようとして腰を痛めました。
いや……本当にどれだけ放置したらこうなるのか……?
それで今週はスコップを持って行ったのですが、「トレーの下に差し込んで少し力を入れたら地面からはがせるだろう」などという見通しは甘く、写真の通り、地上部より地下の方がはるかに大きく育っているものが何本もありました。
せっかくここまで育った木を引き抜いて捨てるのはかわいそうにも思えます。
しかし、そもそもこんなトレー越しで根付いたのでは、この先まともに育つはずもありません。
逆に、こんなにしっかり根を張る苗を何本も買って、正しく地面に植えてのびのび育てていたら、実家の庭は雑木林になってしまったはずです。
いずれにしても、実家の庭はこれらの木を育てられる環境ではなく、買ったのが間違いだったのではないかと思います。
かわいそうですが。
トレーが大変だった一方、プランターは思いのほか楽に持ち上げることができました。
(持ち上げようとして崩壊するのは除く)
やはり、プランターは地面に置くことが前提なので、根付きにくくなっている……というか、話が逆で、むしろビニールポットやカゴトレーの方が、本来は長期間地面に置くことを想定していないのだ、と思いました。

地面から引き剥がして積み重ねたトレー。私が来ない日の間に、母が少しずつ土を空けるとのこと。

それで庭はこんな感じになりました。
まだ「荒れ地」という感じですが、それでも人間が立ち入ることのできる領域になってきたと思います。
2時間ほど作業して、居間で母とお茶を飲みながら、父のことについてあれこれ話していたら、外で、「チッ、チッ」という鳥の鳴き声がしました。
「あれはジョウビタキね」
オレンジ色の小鳥が、鉢を片付けた後の地面で飛び跳ねています。
youtu.be
「地面を掘り返すと、それがわかって来るのよ。私たちには全然見えないけど、出てきた虫を食べてるみたい」
確かに、プランターをひっくり返した時に何かの幼虫が出てきたりはしました。
「もう、ここは自分の縄張りだと思ってるのね」
ジョウビタキは、明るく開けた林や公園にやってくる鳥だそうです。
言い換えると、これまでの実家の庭は、開けた土地ではなかったのかも知れません。
ところで、庭の隅に、父が園芸の道具をしまっている物置があります。
先週、その中にスコップとかクワとか、使える道具が入っているのでは? と思って開けてみたのですが。

段ボール箱だのスチロール箱だの肥料の袋(中身は空)だのが手当たり次第に押し込まれ、奥に何があるのか全然わからない……というか、そもそも何かが引っかかって戸もこれ以上開かない状態でした。
……いつから認知症だったんでしょう……。

トラブルの種だった焼却炉。
父が、隣家の庭先に積んであった木の枝を勝手に持ってきて燃やしたのもこれです。
1枚目の写真の隅(右上)にもちょっと写っていますが、あの枯れ野のそばで火を焚くとか、実に正気の沙汰ではないと思います。
*1: 細かく書くと、2月に主治医・ソーシャルワーカーと面談して
「自宅退院は困難なので、他の帰住先を探しましょう」
「受け入れてくれるグループホームをこちらで探します」
と言われていたのだが(それで庭も片付け始めた)、その後、主治医も担当するソーシャルワーカーも交代し、
「3月に面談して今後の方針を話し合いましょう」
と言われ、
「また方針を話し合うの? まさか『やっぱり自宅退院を目指しましょう』とか言われないよね?」
という状態になっている。