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松前で今年最後の草刈り

復元された搦手二ノ門

先週末の松前、暑いのナンノって!

最高29℃最低21℃、私が知る昭和の道南は真夏でもこんな暑くなかった筈で、盆過ぎに草木は色褪せ冬枯れを待つのみ。でも3夏連続の猛暑では9月というのに雑草の勢いが止まりません。

函館の実家からチャリで久根別駅まで
クロマツ並木とムクゲ七重浜にて)

昭和の頃は国鉄江差線松前線でしたが
トンネル開通で電化され本州との大動脈・海峡線へ変遷
新幹線開業に伴い超ローカル線(気動車)に逆戻りした
三セク道南いさりび鉄道茂辺地駅にて)

終着の木古内駅で本州行き新幹線に接続
前々日は大雨☔入道雲が湧きまだ残る夏の匂い

松前の荒地で繁茂するクズ
将来はドサンコの自給飼料としての利用や
アオカナブン生息のため栽培することを考えてますが
1度植えると繁殖力が半端ないし
ナミドクガの発生源になるし‥要検討

羆の活動が活発化する日没前に作業を
終えるつもりがすっかり暗くなってしまい‥😰
角を曲がると動く影にビックリ!犬の散歩中の方でした
羆の前では役に立ちそうもない小型犬と
ややポッチャリの女性(コラッ!)
今なら先に食われることはないな‥

給仕さんは夕・朝ベトナムの方でした(たぶん)
流暢な日本語に丁寧な接客と笑顔😊
変に意識ばかり高い日本人よりずっといい
日本人ファーストなんて言葉に酔しれてる暇があったら
少しは見習え!外国人排斥など言語道断

宿でゆったりしてると浦河で羆対応中?のMさんから電話「銃声2発した!」早朝、斜め向かい(と言っても1㎞先)のG牧場で庭先を歩く羆!G牧場の人が通報し夕方にハンター到着。追跡のためMさんのY牧場へ立ち入るかも、と連絡があったそうです。

後日談では撃ち損じ、羆は山へ逃亡。幸い危険な手負いにならずに済みましたが、これに懲り二度と人里へ来ないで‥

照葉樹のシャリンバイも剪定が要るほど成長☀️翌日も暑い
ハブや虫の多い南国で完全防備で山仕事されてる方は凄い
-30℃での人力除雪ならいくらでも出来るんですが

ヤブガラシ・カナムグラ・ヒルガオ等の蔓植物から
オオウバユリを救出

ハネナシコロギス発見!
今年はオオカマキリやヤブキリを見かけません

さて、ドラマでは悪役として描かれることの多い松前藩。やはりアイヌ民族に対し苛政を敷いたイメージが強いからなのでしょう。

自分は当家の末裔でも何でもありませんが、史実は正しく捉えるべきと考えています。

15世紀に勃発した民族抗争の中で和人勢力を結集させ、蝦夷管領・安東氏の代官という立場から独立。17世紀には道南を所領する近世大名へと移行、稲は試作されていたものの石高0、上級家臣には知行として蝦夷地の商い場を与えました。

藩士わずか数百人の小藩が広大な国境の警備、アイヌほか北方諸民族への対応を任せられます。

民族共生とか文化多様性といった概念すらなかった当時、調略を駆使して数の不利をカバー、関所を設け住み分けたり女人禁制とすることでトラブルを避けてきました。

江戸前期のシャクシャイン蜂起はアイヌ同士の紛争が発端。双方の調停を試みる松前藩でしたが、身から出た錆とは言え和人vsアイヌの戦いに発展してしまう‥

画家として名を馳せた江戸後期の家老・松前広年(蠣崎波響)。

大河に登場中みたいですが、HPによると頼りない人物として脚本されてる模様。見てないから知らんけど。

画家&家老の二足の草鞋で松前復領に尽力した波響

幕末に開明派の老中として活躍した崇広公でさえ「青天を衝け」では事なかれ主義の幕吏として描かれ‥😑

松前藩士だった永倉新八
博物館の特別展に行きたかったのですが‥

海峡入口に当たる松前半島白神岬(左)と
津軽半島龍飛崎(中央)



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