先日、競馬好きの上司から「解説者のO元調教師って知ってる?」どうもクリソツな人を見た、という取り留めない話題だったのですが‥
多少なりとも馬業界に係わりながら、近頃の競馬事情は良く分かりません。同窓生に調教師は複数いますし、解説者と言えば府中で一緒に放馬止めをしてたT大のS君が思い当たるものの、はて?
経歴をググるとありましたよ、接点?が。
便利な時代です。朧気な記憶でもキーワードさえあれば裏付け出来るのですから。
例えば、ゲートの放馬止めでリボンが絡まってしまい、何を思ったか輪乗り中のリワードタイラントという芦毛馬がその玉に食い付き騎乗してたN騎手が大笑いした、あれはいつだったのか‥H2.6.10ジューンSで1着になってた!あのダービー翌月の出来事か‥
で、O元調教師はS54東新杯で重賞初制覇、その馬がメジロファントム!同年秋の天皇賞で鼻差の2着、続く有馬もグリーングラスの鼻差2着。
無冠の帝王と惜しまれつつ引退後は府中の乗馬センターへ入厩、GⅠの時だけ誘導馬として登場。同様にGⅠ級(G制導入前)を勝ち切れなかったライバル・シービークロスは種馬としてタマモクロスを輩出、そのタマモがオグリキャップを退けた昭和最後の天皇賞とJCでも堂々とセンターで誘導を務めました。自分はJCの時もゲートにおりまして、鶴の如く美しいタマモの姿が今も目に焼き付いてます。
放馬止めの他に誘導の馬付が主なバイトでしたので、ファントムのお世話もありました。気性が荒く「目を合わせるな」と注意されてたのに、なだめるため肩をポンポン愛撫したところ「余計な事するんじゃない!」と怒られたっけ。
人間に対して不信感を持った馬でしたが、市民大会の障害飛越で下級生を乗せてもすんなり完走。好成績を残した競走馬=優秀な競技馬とは限りませんが、ファントムは小柄ながら優れた能力があったのでしょう。
誘導引退後は浦河で天寿を全うしてたのね🙏

千歳まで見送りに行った妻からオオカマキリ♂の写真が!
Gやカマキリを含む網翅目は南方系で寒さに弱く
道内では温帯に属する後志沿岸が生息の限界だったはず
石狩管内で最もシバレが厳しく夏もヤマセの影響を受ける
千歳で生存してるとはびっくり😲
空路で内地から直接持ち込まれた?

乗馬公園近くの牧場で生まれ競走馬引退後は繁殖入り
数頭の仔を産んだ後に乗馬へ転向しました

JRA杯(H90㎝級)にエントリーしました
もしイレブン君のあんばいが良くない場合は
ミラクルちゃんでクロス障害と考えてます

チームポロシャツを作りました
右端がミラクルちゃん(集牧時に蹴る癖がある)
右から4頭目のデカイのがイレブン君かな?
実際の馬の特徴が忠実に描かれてます

妻にくっついて都市間バスで浦河までやって来ました
大先輩に当たる指導員と大学の話で盛り上がってました
練習後の夕食は○ぼ八のソフトドリンクで乾杯🍻
あれ?昭和の頃は大学生からお酒OKだったはず‥
(昔も今もダメですよ🙅)

納豆が入っているな?」
「納豆オムレツを注文したんだから当たり前でしょ」
うーん😑令和世代に海○雄山ごっこは難易度高過ぎたか‥