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馬には乗ってみよ人には‥

二級河川向別川の河口
冬の日本海とは対照的に穏やかな太平洋

ブログを始めて丸3年、そして結婚30年の節目を迎えました。

以下、不適切な表現もありますが、更新できてない昭和のオッサンのタワゴトと思ってご容赦下さい🙏

美瑛へ外乗に行ったH8年頃かな?

妻とは乗馬クラブで知り合いました。

同い年で帰る方向が一緒、でもいわゆる恋愛感情みたいなのがあったか?と問われると、よく分かりませぬ。背格好もほぼ同じで義母からも「アンタたち双子みたい」と今でも言われます。二卵性の場合ソックリとは限らないのでしょうが‥とにかく、初めからそんな風でした。

今のサークルと同様、男女に関係なく会員どおしの仲間意識は強かったとは思います。そもそも馬術は五輪で唯一、性別のない競技。男以上に男らしい女性ばかりです。

これまで円満だった訳もなく、特に全聾の長男をめぐり随分と対立しました。もうダメか?と思いつつも何とか子育てのゴール手前までたどり着き安堵しております。(熟年離婚されたりして‥)

以下2枚は先輩のHPから拝借した大学の昔の写真です
元々T大の演習林だった名残で雑木林に囲まれた馬場
日頃の練習や厩務作業に加え毎週の装蹄や秋の藁取り
競技場・競馬場でのバイトや牧場への出稼ぎ‥
いつもヘトヘトで男子も女子も部室で雑魚寝😪💤

大学で体育の授業中、非常勤の先生がボソッと「NK大の女子って色気ないよな~」←🆖🙅時はギリ昭和のバブル全盛期でしたが「そんなのカンケーねぇ」って世界。

馬匹ごとの飼付け分量を記したホワイトボード
競走馬名と変わってる場合もありますが
重賞出走経験のある馬もいました
一番下に入厩したばかりのリキアイシンプウの名前が‥
H3年に退厩し千葉の観光牧場を経てH12年に引き取り
十勝の山沿いにあるドサンコ飼育施設に預託しました

交際といっても基本、学内での自家受粉(いかにも農学部的比喩)しかなく、馬術部でも顕著な傾向でした。そりゃそうだ、四六時中厩舎にいる訳だから。デートの途中「夕飼の時間だから戻るわ」なんて部員どおしでないと無理でしょ。最も私には無縁だった話。

自分の学年までは男子が多かったのですが、某漫画の影響?で獣医学科の女子が急増し馬術部も女子が過半数となりました。

個人的には結婚って「思い立ったが吉日」
勢い以外の何物でもないと思います(異論はあって当然)
障害飛越に例えると‥誘導までは乗り手の仕事ですが
障害に向けた後は馬次第でエイヤー!ター!気合いです
ちゃんとした選手は間歩合せとか調整するのでしょうが
自分は下手なので余計なことせず馬(成り行き)任せ

結婚式では「大事な三つの袋」のスピーチが定番ですね。新歓コンパで某OBが毎年決まって新入部員にセッキョーしてたのが表題の「人には添うてみよ」

当時は男女の仲という意味合いで話されてたのを踏まえ、これを現在は当たり前とされる多様な人間関係に置き換えてみても、明快な格言です。

セッキョー研究第1人者でもあるMさんの学説とは矛盾しますが↓

浦河5度目の冬も除雪不要で終わりそう
1月は練習もないので運動不足解消のためお散歩へ
堤内排水からは水の音と土の匂い
厳冬は一体どこさいった?まるで早春の風景

白い柳の花芽も膨らんで

これはヤチハンノキの花穂

廃線後も残る日高本線の橋梁

キハダ(シコロ)に巻き付くツルマサキとノイバラ

懐かしい!明星ちびろく
子供はちび1🍜私はちび2🍜🍜パパはちび3🍜🍜🍜
なんて等差数列みたいなCMあったの憶えてます?

ヒヤシンスではありません
ネギは根元を残しておけば何度でも再生します
もう外に植えちゃおっかな~



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