
私のこの自身のなさは、家庭環境のせい。
家の父方の家族は、頭がいい家系で、従妹たちはいい大学出ていたり、アメリカに子供頃から住んでいてとか、そんな感じで、私が唯一の落ちこぼれだった。
いつも、周りより劣っていると言われ続けていたからそうだと思い込んでいたけど、社会に出たらそうでもなかった。母は私にあなたは運が悪いといつも言っていたけど、学校は全部推薦で受験勉強もしていない。いろいろ試しをされる学年だったけど、入試困難で倍率が高くても受かった。
就職活動もかなり難しい時代だったけど、一つ受けただけで受かったし、そのあとの転職も運よくかなりの大手で働いていた。でも、褒められたことがなかった私は自分に全く自信がない人間になった。
うちはここに書けないほどの問題を抱えていた。
簡単に言うと、きょうだい児というのだろうか。
病気はその人だけではなくて周りも影響する。
嫌われ松子の一生というドラマがあったけど、どこか自分と重なる部分があった。
「あんたなんて全然可哀想じゃない!」というセリフがあったけど私もそれ思ったことがある。
そして、すごい罪悪感を抱いた。最低な人間だ。
それに私はすごく変わった子供だった。自分でもそう思う。だから、きっと親には負担をかけたと思う。それでも、まわりからバカにされたり、何もできない人間だと言われ続けて育って、そのことがすごく今でもずっと自分を苦しめ続けている。
前にジブリのキャラクターに例えるとなに?という話題で友達と盛り上がったことがあったけど、私は千と千尋の神隠しのリンと言われたことがある。けど、私そんな姉さんキャラじゃ実際なくて、千尋そのもの。
そんな私がドイツに来てからいろいろな人と出会って、自分が恵まれた環境にいたんだということに気が付いた。
そして、当時、母が厳しくて嫌で仕方なかったけど、その苦労も理解できるようになった。姉が病気になったことで母が先生と言い合いになって泣いているところを何度も見た。幼い私には、それはすごく怖くて重かった。
普通の何もない家庭に育った人にはわからないくらいのいろいろがそこにはあった。
でも今となってみると、何不自由なく、お金の苦労もせず、両親がいて育ったことは当たり前ではなかったのだと思う。
それだけでもありがたいこと。
今は感謝できるようになった。
きっと私は日本にいたままだったら、何も克服できなかったと思う。
実際に、過去に蓋をして、未来だけを生きていた。
当たり前にあるもの、もっと持っている人がいる生活の中で、感謝することなんてなかっただろうし、自分の弱さと向き合うことは絶対になかった。
そんな自信がない、自己肯定感が低い私がドイツに来てからの一番の難関は当たり前のように自分に自信がないことを克服することだった。
何をするのも自信がなかった。日本では普通に外国人と話していたけど、ドイツに来てからはそれも怖かったし、自信満々の外国人たちと共に学ぶことがつらかった。でも、この環境が私には必要だったのだと思う。
そして何よりも、自分を認めてあげて、褒めてあげて、そのままの自分で自信をもって生きることを学んだ気がする。今でもまだ、自分はダメだ、バカだ、とマイナス思考になることがあるのだけど、でもそうでもないよねとも思えるようになってきた。
もちろん姑さんや信じられないくらいに気が強い人たちと出会って苦戦することもあるけど。
そこはまだ保留中。
外国に行くとよくしゃべる人が多いし、自分を大きく見せるのが得意な国の人と出会って、怯むし天才的な優秀な人もたくさんいる環境で凹むこともあるけど。みんなそんなに大したことない。
私にないものは自信と自分を許すこと。
子供の頃のトラウマはいくつになってもずっと、自分とともにあって苦しめられる。
それでも、そんなトラウマを持っている自分も自分なのです。
長い間、自分を苦しめていた呪縛から完全には無理だけど、少し解き放たれはじめた気がするのでした。
重い話でした!
それでは!Tschüss