
昨日 サ高住に住む姉宅で姉妹が揃って会った
コロナ流行前以来 数年ぶりである
長姉は亡くなっているが 二つ違いの90代姉妹三人
妹の娘 私の娘たちと 賑やかな集いだった
90歳の妹が余命三ヶ月を宣告されて
少しでも労わりたい慰めたいと思っていたが
杞憂だった
妹は強い意志の持ち主だった
告知される前から 考え実行していたようで
墓じまいも済ませ 自分が亡くなった後は
共同墓地に埋葬してくれるようすべて手続きし
お葬式も無しで 直葬 誰にも姉妹にも知らせないで
消えると決めていた
治療はしない 今後は主治医の病院からの訪問看護を受け
苦しみと痛みだけは少ないようにお願いしてきた
最後は 緩和病棟になるかもしれないが
不安も心配もないと言い切る
明るく社交的だった妹は 私とは対照的
50歳くらいで夫を亡くしたが
若いころから社交ダンスが得意で
競技会にも出たり華やかだった
今は長女夫婦と一緒に暮らし 炊事などを続けていた
姉とは家も近く マ―ジャン仲間で毎週会っている
94歳の次姉は実家の大黒柱だったが 一番元気である
樺太から引揚げ後 母を助けて長姉と一緒に14歳から働き
一家を支えてくれた
結婚してすぐ夫を結核で失い
実家に戻ってからも働き続け
母を看取ってくれた
面倒見がよく 姪や甥 やその子供たちまで
可愛がってくれた
定年後股関節の手術を両方し 90歳で再手術をしたので
歩行器を使っているが 他は元気である
頭も冴え マージャン カラオケ 編み物など
読書はしないが 頭の体操のパズルなどをしている
母とそっくりな顔になり 100歳まで生きそうだと言っている
二人共母と同じようにおしゃれ 髪を染め 若い
子供の時の話し 父母の話し 引揚げ後の苦労話など尽きないが
みんな笑い話になっていた
私だけ顔も 性格も似ていないで年上に見られていたが
沢山笑ってシワが増えたが 若くなって帰ってきた
昭和11年頃 父が写した写真 亡き長姉といっしょに
釧路郊外の家の縁側で

右端 妹の二女の結婚式で 左端から亡き長姉 次姉 私

妹は今年6月 90歳の記念に 東京の二女の次男の結婚
ひ孫の誕生を 祝ってきたそうである

昨夜は興奮したのか眠れなかったが 朝方よく眠る
曇り空だが心は晴れ
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