弘明寺ぶらり旅続編です☺️
今回ラーメンついでに弘明寺にあるらしい三殿台遺跡を見学散策に行くことにしたんですよ。
ラーメンがメイン目的っていう民度低めの我が家です
ブロ友さんのところで知った縄文人推しの本を最近読んだのですが
これ縄文初心者には楽しく読めて良いですよ✨
そういう訳でにわか縄文好きなワタクシです🤭
初心者のまま止まってますけど😅
せっかく行くところの近くに遺跡があるなら散策がてら行ってみようかい、くらいです。
何しろ半月以上運動もせずテレビ観続け生活でしたので。






こういう感じの、丘のてっぺんにあるところです。
国指定史跡ってババーン✨と銘打たれてましたが、流石国指定。手厚さを感じました。

なんと見学無料です。入り口に寄付金の箱がありましたので、お賽銭程度を…。
こういうのの維持も大変ですからね。



こういうの作る技術があったっていうのがすごい。


チッ 写真失敗してた😗
縄文の人達には黒曜石ってとっても大事で、黒曜石の産地近くには縄文銀座が…みたいなことになっていたそうなんですよ。
おお、コレが😳‼️と興奮してたら(そりゃダイアモンドやめのうとかでもないですからね)夫に
そんなの何処でも採れるだろ、と無粋に釘を刺されました😗
こっちは縄文気分でアガってんだよ😗😗😗😗💢

弥生途中から輸入物の鉄製品が出回り後期に国産もされ始めたようです。
古墳期にはたたらと産地が呼ばれるようになっていたようですよ。
(ムフー🤭もののけ〜)


後で再現住居を見学した時も夫はずっと、柱の穴とかしかわからないんだからこうに違いないって言ってるだけで、本当にこうだったのかわかるはずがない、と力説。(10分くらいは言ってたような)
言いたい事はわかるけど、もう黙っとけ。
理系男めんどくせえʅ(◞‿◟)ʃとしか思えない。

手前の広場に資料館と住居跡。中央に遺跡を閉じ込め保存してある建物。
その裏側の広場に再現竪穴式住居が三つあります。


弥生期住居内部奥側

奥から入り口側を
夫が見学中ずっと力説していたように、確かに縄文と弥生で明確に作り方がどう違うっていう事ははっきりわかっていなかったんじゃないですかね。
とても似ていて違うところは梁?みたいな横木の太さが弥生期のはしっかり太いくらいで。
それ多分そうだったんだろう、で作られていそう。
それとも柱跡の太さや角度でわかっちゃうものなのかな。

古墳時代からははっきり違いが出ます。



囲炉裏風焚き火から竈門に変わったことで、火事が減少したらしいです。

的がイノシシ🐗🎯
ここ無料だし、お子さん連れて夏休みの自由研究とかに良さそうですよね。
息子が小学生だったら連れて来たかもしれない。
死ぬほど疲れただろうけど😓
弓矢に夢中の4〜5年生くらいのお兄ちゃんがいたなぁ🤭



