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「ふりかえり」とは、チームという複雑系をよりよくするための実験にコミットする道のり

ソフトウェアエンジニアとして、チームでの「ふりかえり」に500回*1ばかり取り組んできた中で、「ふりかえり」とは、「チームという複雑系をよりよくするための実験にコミットする道のり」である、という理解に行き着いた。

これが真理である、というよりは、自分なりの整理の枠組みみたいなものなんだけど、ふりかえりという活動を見つめ直す役には立つんじゃないかなと思うので、解説してみたい。

「ふりかえり」とは、チームをよりよくするために立ち止まって話し合うこと

ふりかえりは、チームをよりよくするための活動だ。

いきなりこれに違和感を持つ人はあまりいないと思う。
素直に、まあそうだな、と思ってもらえれば幸いだ。チームとは何か、よりよくするとは何か、といったことを後に肉付けしていく。

また、ふりかえりは、立ち止まって話し合うことだ。

立ち止まること。

日々、仕事をする中でも、ふとした機会に内省をしたり、ちょっとしたふりかえりをすることはあるだろう。
それでも、「ふりかえり」と銘打って定期的に立ち止まり、話し合うことには特別な意味があると思う。

時間枠を先に用意しておいて話し合うことで、ふりかえりはダブルループ学習の格好の機会になる。
普段の思考の枠組みから一歩外に出て、自分たちが置かれている状況や目標、働き方など、前提を問い直すことができるということだ。

話し合うこと。

後に詳しく触れるが、話し合うことそれ自体にも重要な意味がある。
だから、ふりかえりとは話し合うことで、そのことも重要だ。

そういうわけで、「ふりかえり」とは、チームをよりよくするために立ち止まって話し合うことだ。

「ふりかえり」とは、実験を考案してその実施にコミットすること

「ふりかえりのゴール」をあえて一つだけ定めなさい、と言われたら、僕は「実験を考案してその実施にコミットすること」と答える。

前述の通り、しっかり立ち止まることや話し合うこと自体にも重要性があるので、一つと言われても困る、という気持ちもあるが、あえて一つだけ選ぶとすればこれなのではないかな。

ふりかえりのアウトプットを「SMART*2なアクション」みたいに言ったりすることがあるが、僕は「実験」と位置付ける方がより本質を突いているのではないか、と最近は考えるようになった。

後に詳しく述べるが、チームは複雑系だ。複雑系に対する介入は、実験でしかありえない。だから実験と呼ぶのが適切だ、とだけここでは触れておく。

その実験を、チームで考え出す。

そして、その実施にコミットするまでがふりかえりだ。
考案して終わりでは心もとない。チームとして、やるぞ、となっている状態、すなわちコミットしている状態になることがゴールだろう。

そういうわけで、「ふりかえり」とは、実験を考案してその実施にコミットすることだ。

「チーム」とは、目的を持つ複雑系(complex system)

チームは目的を持つ。

これはほとんど、チームの定義(の一部)のようなものなので、おおむね受け入れてもらえるのではないかと思う。それで十分だ。

強調したいのは後半の、チームは複雑系(complex system)である、というところだ。

複雑系では、入力と出力の関係が明らかではない。
「ああすれば、こうなる(はず)」という予測が成り立たない(少なくとも、成り立ちにくい)ということだ。

チームは複数の人間の相互作用でできている。
一人一人の人間自体も複雑系だし、チームは絶海の孤島のように存在しているわけではないので、チームの外側との相互作用もある。

そういうわけで、「チーム」とは、目的を持つ複雑系(complex system)だ。

「チーム」の目的の1つは、価値を生み出すこと

チームの目的というものを大きく分類するなら、2つある、と言える。

その1つは「価値を生み出すこと」だ。

これもほとんど自明と言ってよい気もするが、少し説明しておきたい。

チームの目的は何か、と聞かれたとき、「プロジェクトを成功させること」とか、「システムを新基盤に移行させること」、「利益目標を達成すること」みたいに答える(考える)人やチームもいると思う。
そして、それ自体はどれも、おそらく正しいのだろう。

ただ、そういったさまざまな「目的」を束ねる、やや抽象的で普遍的な目的(表現)として、「価値を生み出すこと」と言えるように思う。
まあ、そういう目的群を束ねるちょうどいい表現、くらいに思ってもらえたらいい。ある程度僕の価値観(何よりも価値を生み出すことを大事にしたい、という偏り)を反映してもいるだろう。その辺は多めに見てもらいたい。

さらに上位の目的を想定して「世界をよりよくすること」みたいに言うこともできる。
それもまた間違ってはいないだろう。

あくまで、ほとんどのチームに共通する目的の表現、かつ抽象的すぎないところを狙ったら、「価値を生み出すこと」と言えるのではないか、ということだ。

そういうわけで、「チーム」の目的の1つは、価値を生み出すことだ。

「チーム」の目的の1つは、学習・成長すること

そして、チームにはもう1つ重要な目的がある。それは「学習・成長すること」だ。

中長期的に価値を生み出し続けるためには、これが不可欠だと思う。

より大きな価値を生み出すために、という言い方もできるし、世の中の方が変わり続けているから、学習・成長しなければやがて価値をまったく生み出せなくなってしまうだろう、という言い方もできる。そのどちらもある。

成長至上主義みたいなことが言いたいわけではない。

ただ、ごく常識的というか、一般的にチームというものが集められたとき、単に価値を生み出すこと以外に、これも期待されているはずだ、ということだ。

価値を生み出していく中で自然と学習・成長できるということもあるだろうが、短期的な価値を生み出すことだけに集中しすぎると、学習・成長することがおそろかになってしまう場合も多いように思う。

また、ふりかえりという文脈においては特に、これを大事な目的の1つとしてはっきり認識することは重要だと思っている。

そういうわけで、「チーム」の目的の1つは、学習・成長することだ。

複雑系において、あらゆる介入は本質的に実験

さて、ここからがこの記事のサビだ。

ふりかえりで、いわゆるアクションを考えていく。

ただし、チームに対するいかなる介入も、実験である。本質的に、実験でしかありえない。
それを認識することが大事だと思う。

前述のように、チームは複雑系だ。複雑系において、因果は明らかでない。だから、介入の結果も事前には明らかでなく、介入は期待した(ものに近い)結果が得られるかどうかを調べる実験となる。

ここを間違えると、大事なことを見落としてしまう。

たとえば、何かミスがあったとする。ノーム・カースの最優先条項*3に従って、誰も責めず、冷静に原因を分析し、根本解決策を考えたとしよう。

それでも、それが根本解決になる保証は(ほとんどの場合)ない。ないのだ。
それをわきまえないと、ありもしない「完璧な解決策」を探し求める羽目になる。

もちろん、単純なミスの類であれば、比較的確実な対策が考えられる可能性もある。
しかし、ふりかえりで扱う課題はそういったものばかりではないだろう。

そういうわけで、複雑系において、あらゆる介入は本質的に実験だ。

課題は「見い出す」もの

「実験」を考える前に、何らかの「課題」を設定するだろう。

やや余談だが、課題といっても、「悪いものをなくす・減らす」ことばかりとは限らない。「よいものを生み出す、増やす」ような課題設定もありうる。
よいチームほど、「よいものを生み出す、増やす」ような課題設定の割合が増えていくようにも思う。

さて、課題はどこから来るのだろうか?

端的に言うなら、「現状」と「理想」の間にある、と言えるだろう。
だから、ふりかえりでは立ち止まって過去をふりかえり、現状を明らかにする。そして、理想との差を見るために、理想についても話し合うことが多いだろう。

KPTのような手法では、「Keepを続けること」や「Problemをなくす(減らす)こと」が課題だと考えられやすい。というか、手法自体がおおむねそういう建て付けになっていると思う。
もちろん、ふりかえりに取り組み始めたチームが、第一歩としてKPTを使い、KeepやProblemをそのまま課題として転用することが悪いわけではない。効果がないわけでもない。そこから一歩ずつ前に進み始められるのは、とても尊いことだ。

でも、思い出してほしい。チームは複雑系なのだ。

現状は、容易には明らかにならない。理想もまた、チームが置かれている文脈、時と場合に応じて様々だろう。
だとすれば、現状と理想の間のどこに課題を置くかも、決して自明ではありえない。

よりよい実験のために、よりよい課題を設定したければ、課題を「見い出す」必要がある。

経験上、はじめから(良質な)課題が明らかであることはほとんどない。
チームが、複雑系である自身の現状(と理想)に真摯に向き合い、忌憚なく話し合うことによって、初めて(仮説として)見い出されてくるものなのだ。

そういうわけで、課題は「見い出す」ものだ。

「ふりかえり」の道のりもまた、システムに影響を与える

ぼちぼちアウトロに入っていく。

チームという複雑系が、自身の現状と理想に向き合って、課題を見出し、実験を考案してその実施にコミットする。

チームが複雑系であることをもう一度思い出してみると、その道のりもまた、チーム(というシステム)に対する介入として機能することがわかる。

はじめに、「ふりかえり」とは、チームをよりよくするために立ち止まって話し合うことだと言った。

仕事の日々の流れの中で、立ち止まり、ふりかえりの場に集まって、チームは自分たちがチームであることを再確認する。よりよくしようという意思をともに抱く。

そして、話し合う。話し合いの中で、お互いの考えを理解する。見えているもの、感じていることを交換し合う。

その過程において、現状、理想、課題が共有される。チームにとっての現状、理想、課題になっていく。

実験も同じだ。現状と理想に照らして定めた課題に対して、どのような実験が有望か。どのように話し合うかによって、実験が本当に、チームにとっての実験になるかどうかが決まる。コミットできるかどうかが決まる。
コミットしてこそ、実験の結果が正しく検証できる。

改めて強調しておくと、結果的に実験にコミットすることだけが目的なのではない。
その過程そのものもまた、チームに対する影響を与える。ふりかえりの活動そのものが、チームをよりよくする(可能性が高い)。

そういうわけで、「ふりかえり」の道のりもまた、システムに影響を与える。

「ふりかえり」とは、チームという複雑系をよりよくするための実験にコミットする道のり

チームでのふりかえりという活動について、僕なりの理解を整理して解説してみた。

比較的抽象度が高い内容だったため、読んでくれた方によって、受け取るものは違うかもしれない。

ただ、まとめてみて改めて、『アジャイルレトロスペクティブズ』に代表されるふりかえりの手法をまとめた書籍やサイトの内容を本当に活用するには、こういうメタ認識が重要なのではないかな、ということは感じる。

うーん、これで『アジャイルレトロスペクティブズ』にほとんど同じような内容が書いてあったら笑えるな。
10年以上前に一度読んだきりで、その頃にはチームでのふりかえりなんてやったこともなかったので、普通に書いてある可能性もある。10年かけてたどり着いたのだ。そのときは、ご愛嬌ということで、ワハハ。

そういうわけで僕は、「ふりかえり」とは、チームという複雑系をよりよくするための実験にコミットする道のりだと思っている。

*1:参加が年間50回 * 9年 = 450回、ファシリテーションがだいたい通算50回くらい

*2:Specific / Measurable / Achievable / Relevant / Time-boundの略で、「よい目標」の目安

*3:ノーム・カースの最優先条項 - iki-iki




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