今回ご紹介する『モロッコで断食』(幻冬舎文庫)は、前回取り上げた『サハラ砂漠の王子さま』の続きにあたる作品です。
もともと2002年に同じタイトルの上下巻セットで登場し、2004年の文庫化に合わせて再編(※上巻のみ改題)。
上巻と下巻では毛色が異なり、仮に『サハラ砂漠の王子さま』を飛ばして読んでも全然OKな感じに仕上がっています。
突然始まったラマダーン
サハラ砂漠を後に、ワルザザートからマラケシュ行きのバスに乗った著者のたかのてるこさん。何気なくペットボトルの水を飲もうとした瞬間、周りから冷たい視線が……。すかさず隣に座った男性にラマダーンが始まった旨を知らされます。
イスラム暦第9月を意味するラマダーンは、イスラム教徒にとってもっとも神聖な期間。ラマダーン中は日の出から日没まで断食(※水も含む)する義務が課せられ、ついでに喫煙や性行為も禁止されています。

異教徒は断食する必要がないとはいえ、外務省でも「日中は公共の場での飲食や喫煙は控え、露出の多い服装は避けてください。また、交通事故が増加する傾向にあるため、普段以上に事故防止を心がけてください」と注意喚起していました。
日没の合図と共にイフタール(※日中の断食を終えて最初に食べる食事)を口にした著者は、我慢した後の食事の美味しさにえらく感動。
加えて、断食する著者を周りが嬉しそうに応援してくれるものだから、モロッコにいる間は断食続行を決心します。
断食で得られる一体感

信仰心が高まるラマダーン期間は、異教徒への攻撃を善行とするイスラム過激派がテロに走りやすいと聞きますし、そこまで極端な話に膨らませずとも、そもそも断食するって絶対にしんどいじゃないですか。
大相撲好きの私は、角界初のムスリム力士となった大砂嵐がラマダーンのたびに成績不振で悩んでいたことも、ついつい思い出してしまいます。
そんなこんなで、ラマダーン=苦行月間だと勝手に決めつけていました。この時期はイスラム圏全体がいつもよりピリピリするのかなと。しかし、たかのさんの体験記はどうも様子が違います。
言葉なんか通じなくても、気持ちは一緒だった。ラマダーンは初めて会った者同士の隔たりをなくし、断食をした者同士の気持ちをひとつにしてくれる。
イフタールはなるべく大勢の人と一緒に食べるのが良いとされ、日没後に街を歩くと、そこら中から食事のお誘い。和気藹々としたムードです。
生活に根付いたイスラムの教え

断食を通じてすっかりマラケシュの街に溶け込んだ著者は、ある日、カリッドという名の青年と親しくなります。彼は断食する理由をこう語っていました。
「食を絶つこと自体が目的じゃないんだ。飢えを体験すると、食べることができない人の気持ちが痛いほどわかるよね。食べ物と、食べ物を与えてくださった神に感謝することが大事なんだよ」
教師をめざして勉強中のカリッドの説明は超ロジカル。イスラム文化に興味津々なたかのさんは次々と彼に質問し、その都度、明解な答えが返ってきます。
例えば禁酒。弱い人間に酒なんて飲ませたらどうなるかわからない。それこそ車を運転する人も出てくる。だから、イスラムでは飲酒運転を取り締まるよりも先にお酒を禁止すると。
また、多くのムスリム女性がヒジャブを被り、ロングスカートを履くのは、弱い男を誘惑しないための知恵。女性が男性に協力してあげていると。さらに豚肉を食べない理由については、昔、豚肉を食べて病気が蔓延したからと。
もちろん、いろいろな解釈があるとは思いますが、カリッドの話はどれもこれも物凄い納得感がありました。

以前に投稿した『マリファナ青春旅行〈上〉アジア・中近東編』でも、著者の麻枝光一さんは「体温の上昇と脱水症状を促進するアルコールの摂取は、高温低湿な環境、特に砂漠地帯において自殺行為。したがって、イスラム圏では酒を禁止する代わりに大麻を許容している地域が多いのでは?」と考察。
イスラム世界は戒律の厳しいイメージが先行し、自分とは縁遠いと考えていたものの、それは私が手段にばかり気を取られていたせい。なぜ禁止しているのか、目的をちっとも理解しようとしていませんでした。
案外、イスラム教って人々の営みに寄り添った宗教なのかもしれません。それに、私が思っていたよりずっと寛容っぽいです。
ムスリムがグッと身近に

『モロッコで断食』はあくまでも旅行記です。宗教の話題で終始するわけではありません。アトラス山脈にあるカリッドの生まれ故郷にホームステイしたり、移動中にとんでもないトラブルが勃発したり、ハラハラドキドキワクワクの連続。
何が素晴らしいって、読み物として楽しめるうえに、私にとっては未知だったイスラムの教えを説教臭さゼロで学ばせてくれる点です。
ヘンに知ったかぶりせず、読者と同じレヴェルのまっさらな状態で生きたイスラム観を吸収していこうとするたかのさんの姿勢が、この作品をすこぶる魅力的な一冊にたらしめているのでしょう。
総じて、ムスリムがグッと身近に感じられ、もっと彼らを知りたいと思える有意義な読書体験でした。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
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