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日本の未来:どうして未来予測が必要か

私は未来を予測するのが好きだ。なぜ私は未来を予測したがるのか。起こることを予期してあらかじめ準備しておきたいからだ。

私は日本の未来に対して基本的に悲観的な見方をしている。これは保守的な見積もりである。未来に対して準備するという意味では、予測は良い方向に外れる方が悪い方に外れるよりずっと良い。良いことが起きたときはそれを黙って受け入れればいいだけだが、悪いことが起きたらそれに対して対処しなければならないからだ。あまり楽観的すぎると悪いことが起きたときに何も打つ手がない、ということが起こりうる。

まずは昨日の日本国内の自動車産業の話の続きをする。トヨタの新型bZ4Xは確かに良いEVだが、あくまで日本市場ではという限定詞がつく。最先端の中国EVに比べたら、ありふれたEVの一つにすぎない。bZ4Xが日本で大ヒットすれば話は変わるかもしれないが、いまのところは、まだ日本国内の自動車産業はEV化に乗り切れないまま衰退する可能性が高いと考えている。

なぜかといえば、すでにトヨタや日産やスズキが始めているように、EVは海外で生産することが多くなると思っているからだ。海外ではEV普及が先に始まっている。特に中国では高度なEVサプライチェーンが成立している。需要地に近く、サプライチェーンが確立しているところでEVを作った方が、安くて品質の良いものが作れるのは当然だろう。そうなると必然的に日本国内での生産は優先順位が低くなる(特にいまは日本国内でEVの需要もほとんどないので)。

日本に住む日本人にとって重要なのは日本国内の自動車産業(完成品メーカーとサプライヤー)がどの程度、生産を維持できるかだけで、海外生産分は無関係だ。なぜならば、海外生産が増えたときに喜ぶのは主に株主だけで、日本の工場で働く一般労働者には一切恩恵はないからだ。

日本株は最近好調である。日本企業の利益が増えると、株価が上がる。ただし、この「日本企業の利益」というものが曲者だ。これは世界中での生産活動の結果を集計したものにすぎない(連結決算)。そして日本のグローバル企業において日本での活動は全体のごく一部にすぎない。だから、企業の利益が増え株価が上がったところで、日本国内の景況感とはほぼ無関係と考えた方がいい。

日本国内では近年インフレが亢進している。賃金上昇がインフレに追いつかず、実質賃金の低下に結びついている。これが政権与党に対する大きな不満につながっている。株式などに投資している人以外は、不景気だと感じているのだ。

自動車産業の衰退はそれに拍車をかける。幸い、まだ内燃機関車は売れているので、日本国内の生産設備の縮小は目立った動きにはなっていない(日産が一部の工場を閉鎖したが)。しかしEV化は必然的に進行する。内燃機関車が売れなくなったとき、自動車産業に従事する多くの人たちの雇用が失われる。

こうして、インフレや失業に伴う不満が爆発する。どんな政権が誕生しても国民の支持率が低迷し、次々と政権が変わっていくだろう。政治が不安定化する。労働者が貧窮化する一方で、株式などに投資する人たちは資産を拡大しつづける。貧富の差が拡大し、社会に緊張が高まる。犯罪率が上がっていくことも考えられる。

インフレを鎮静化させるためには、金利を上げるのが王道なのだが、日本ではこれが難しい。日銀や金融機関の国債含み損が増えてしまうからだ。また政府の国債利払費も増えてしまう。インフレが続くのは実質増税である(インフレ税)。そうやって政府財政を改善していくことができるかもしれない。ただ、不人気な政策であるがゆえに政治は混迷する。インフレとは通貨価値の減少であり、円安も続く。1米ドル200円になったとしてもおかしくはない。

こうしたことがいまから2035年あたりにかけて起きると考えている。

最初に述べたようにこれは暗い未来予測である。ただ、別の予測もありうるかもしれない。社会は無数の側面から成り立っていて、どの要素が一番大切だと考えるかは人によってみな違う。すべての要素を等しく扱って正確に未来を予測するのは、神ならぬ人間の手には余る。私は、いくつかの要素を大胆に省略し、特定の要素だけ拾い上げて強調した。もちろん偶発的な要素もある。いま私が想定しえないような突発的な出来事が起きて、その後の予測をすべて狂わすこともありうる。

いまの日本を見てバラ色の未来を予測する人もいるのかもしれない。別の要素を強調すれば、そういう全く異なる未来予測も可能なのかもしれない。しかし、未来に備えるために、私は悲観的・保守的に見積もることを好む。

いろいろ書いてきたが、私は占い師ではないから、結局のところ未来に何が起こるかはわからないのである。自分なりに考えて予測したことがまるで外れるかもしれない。それでも単純に「明日は今日の延長線上にある」と考えるのではなく、自分なりの仮説を持つ方がよいと思うのだ。




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