この記事のタイトルに興味をそそられてつい読んでしまった。よく書けていて面白かった。
「参政党の演説に在日コリアン3世の私が共感してしまった理由」というタイトル。在日コリアンと言えばいつも右翼から攻撃される存在。そして参政党といえば極右と言われている。普通に考えたら、在日コリアンが参政党に共感はしないはず。なぜ共感したのか。
著者は大阪在住。日本維新の会の地盤である。大阪府は、府立高校という公共サービスを削る一方で、府民にとっては直接メリットを感じにくいカジノを推進する。カジノで治安が悪化しないだろうかという不安もある。
またインバウンド需要で大阪に外国人観光客があふれている。彼らが民泊でのゴミ出しルールを守らなかったり、夜中に大声で騒いだり、タバコをポイ捨てしたりというトラブルが頻発する。白タクも横行している。この著者は「外国人観光客に地元を奪われてしまった」という感慨を抱く。
著者自身は、日本生まれ日本育ちの人なのだろうが、国籍は韓国である。外国人だから、外国人観光客に寛容であろうとしたが最近は我慢できなくなっているという。本当は、長く住む「定住外国人」と短期滞在の「外国人観光客」を区別してほしい。だが、本人からは「外国人」として一括りにされてしまう。そのことに歯がゆさを感じているが、説明が難しいので、理解してもらうことはあきらめている。この微妙な機微が私から見ると非常に興味深い。
参政党は「住民ファースト」の政治をしてくれるのではないか、と著者は期待する。有権者はみな日本人だから、これを「日本人ファースト」と呼び変えるのは政治戦術としてやむをえない。参政党はカジノや府立高校の削減や「観光客ファースト」のまちづくりをやめてくれるのではないか、と。
私も昔、在日コリアンの知り合いが何人かいたことがある。彼らは日本生まれ日本育ちであるため、日本語が母語で、家族の儀式などを除くと、文化的に日本人に非常に近い感性を持っている。この著者は在日コリアンだが、見る限りでは多くの価値観は日本人と共通であろう。
私は日本人であるから、この著者の言うことはよくわかる。日本社会は非常に「ちゃんとした」社会だ。悪く言えば「相互監視が厳しく寛容さに乏しい社会」とも言える。だが日本以外の国々はたいていそこまで厳格ではない。ここでやり玉に挙げられている外国人観光客も特別に礼儀を欠く人たちというわけではなく、おそらく母国では許される行動をそのまま日本でやってしまったのだろう。
観光業を中心にインバウンド需要の恩恵を多大に受けている人たちもいるはずだ。儲かっている人たち口をつぐんでいる。一方で、観光業に関係ない人たちから見ると、生活空間に突然多くの人たちが割り込んできたわけだから、迷惑に感じるのも無理はないだろう。まして、日本人はいままで相互監視を通じて高度に秩序ある公共空間を維持してきた。しかし日本に来たばかりの外国人観光客にはその間合いがわからない。当然、従来の秩序は壊されてしまう。それに苦痛を感じる日本人がいるのはよく理解できる。
こうした外国人観光客を迷惑に思う気持ち自体を容易に排外主義と片付けることはできないだろう。そういう人たちの声にも耳を傾け、観光業を通じて受益している人たち、そして外国人観光客のそれぞれの利害を調整することが大切だろうとは思う。参政党にそれが本当にできるかどうかというのはまた別の問題であるが。
太陽光発電にも同じ構図を感じた。日本は平地が少ないために、人家のそばにも大きな太陽光発電所が建つことが多い。地域によっては、狭い範囲に多くの太陽光発電所が集中し、住民は、自然災害の危険を感じたり、景観に違和感を覚えたりする。太陽光発電所のオーナーは発電収入から受益している。しかし、多くの住人はオーナーがどこの誰かも知らず、利益還元を受けることもない。次第にこうした太陽光発電所に反発するようになるのも無理はない。
少数の人たちが大きく受益して、多数の人たちが少しずつ損をする構図。よくある構図である。最初は大きな問題にはならないのだが、程度が甚だしくなるにつれて、次第に社会問題化していく。感情的なもつれを引き起こす前に、政治や行政が調整に乗り出す必要があるだろうと感じた。
今後の日本にとって観光業も太陽光発電もともに重要な産業である。産業の健全な発展と地域住民の福祉と両立させていく必要があるのだ(「言うは易し行うは難し」ではあるが)。