「護られなかった者たちへ」というミステリー小説を読んだ。
面白かった。社会派のストーリーでいろいろ考えさせられた。ラストもミステリーらしく驚きのある終わり方だった。
若干ネタバレ要素が入るので、嫌ならば読まないでほしい。
東日本大震災から復興しつつある宮城県。仙台で福祉保健事務所の職員の死体で発見される。動けないように縛られて放置、餓死させられたのだ。「福祉保健事務所」というのはどうやら架空の名称らしく、現実には「福祉事務所」のことだろう。まもなく二人目の死体が発見される。県会議員だが、彼ももともと福祉保健事務所で働いていた。この二人に共通するのは、人柄が良いという評判と生活保護申請の審査業務に従事していたということだった。
事件を追いかける二人の刑事。福祉保健事務所の職員の職務を追いかける中で見えてきたのは、生活保護申請をめぐるトラブルからの怨恨殺人の線だった。殺害された二人がかつて一緒に働いていた福祉保健事務所があった。そこから一人の容疑者が浮かび上がる。
憲法で国民に保障された「健康で文化的な最低限度の生活」。それを守るために生活保護がある。しかし生活保護申請者が年を追うごとに増えても、生活保護の財源は限られたまま。したがって国は希望者全員に生活保護を与えることができない。不正受給が横行する一方で、本当に生活保護が必要とされる人たちに生活保護が届かない現実が描かれる。
一部の人たちは国の世話になることに恥を感じ、本当に困窮しているのに、生活保護を申請しようとしない。しかし、もっと問題なのは、生活保護支給費を減らすために、生活保護申請に難癖をつけて却下する福祉保健事務所があることだった。
本当に困っている人たちを助けたいという気持ちと、保護支給費を抑制せよという上からの命令に板挟みにされる現場職員の葛藤が描かれる。生活保護申請を却下された人たちから見ると、鬼のように見えた彼ら職員もまた普通の人間であり、同僚や家族から見ると「良い人」であった。
仕事もなく貧しい人、地位をもって豊かな人。様々な社会的階層の人たちから見える世界が紹介されて、それらがぶつかり合うさまが描かれる。組織は人々の力を糾合して偉大なことを成し遂げる一方で、そこで働く人たちの個人的な思いを押しつぶし歯車の一つにしてしまうな非人間性も持つ。そういう組織の描き方にバランス感覚があって、作者の人間的成熟がうかがえる。作者の経歴は知らないが組織人として働いていた経験のある人なのかもしれない。
もともとこの小説を読もうと私が思ったのは、小説を書く上での参考にしようと思ったからだった。物語である以上、人々の心境の変化を描くものでなければならない。どういう登場人物がいて、どういうイベントが起きて、どのように人々の考えや関係が変化していくのか。その細部を観察しながら読み進めた。
この小説はとても良く書けていて、実際、よく売れたらしく、映画化までされているようだ。しかし、それでも細部を見るといろいろ現実とは異なったり、展開に無理があったりするところが無数に見つかる。
確かに福祉事務所での生活保護申請には現実にいろんな問題点はあるだろうが、さすがに申請を却下して申請者を餓死させるところまで至る例はそこまで多くないはずだ。しかし、この小説を読むとそういう例ばかりではないかという印象を与えてしまう。福祉事務所で実際に働いている人たちから見るといろんな誇張があるだろう。
物語にいろんな伏線がちりばめられるが、全体的に登場人物の記憶力が良すぎる(笑)。一度か二度しか見たことがないようなものを何年も平気で覚えていたりする。記録を残していない限り、そんなのふつう忘れてしまうよ。しかし、そういうことにしておかないと話が成立しない。
こういう誇張やご都合主義は、物語作りの上での「お約束」であり、許される嘘なのだろう。
物語を作る上で、どういう嘘が許されて、どういう嘘が許されないのか。おそらく、物語全体が薄っぺらく見えてしまうような嘘は許されないのだろう。その一方で、人物が十分説得力ある形で描かれている前提で、話を展開したり、より興味深くするため、軽くまぶされる嘘であれば、特に問題はないのだろう。
結局、物語は物語であり、現実そのものではないのだ。しかし、何らかのツボを押さえると物語に「リアリティ」が生まれ、読者はまるでそれを現実と同じように扱い始める。そのツボを私はまだよく理解していない。今後も研究を続けるつもりだ。
いろんなことを考えさせられ、感情をゆさぶられた良質のミステリーだった。