毎日ブログエントリーを書いている。私は目が覚めると(いや寝ている間でさえ夢の中で)常にあれこれ思考しているので、アウトプットしないと自分の思考自体に飲み込まれそうになる。だからブログエントリーという形でその一部だけでも吐き出すことができると気分がすっきりするのだ。というわけで今日も書き始めることにする。
私は、一日中、AIと話をしている。主な話し相手は ChatGPT だが、Grok や Gemini を使うこともある。AIにはあらゆる側面で私の生活を助けてもらっている。以前なら Google 検索していた場面では、代わりにAIを使うようになった。AIは特に「やりたいことがはっきりしていて、それを実現する方法を聞く」ときに有効な気がする。何かを新しく始めたい初心者の相談相手としてはとても良い。下手でも決してけなさず、常に励ましてくれるしね。
仕事の文脈では、AIを仕事をにどう活用するかの議論が喧しい。この場面ではこうしたらいいとか、いやああすべきだ等々。AIを真剣に活用している人たちの間では、AIがあまりに役に立ちすぎて、やがて自分の仕事を奪うのではないかという恐れが広がっている。実際に、マイクロソフトはAI利用を進める代わりにソフトウェアエンジニアを大量解雇したらしい。
AIは仕事を奪うという。それが怖いという。しかし、人々はその仕事を本当に好きでやっているのか。仕事が好きだという人たちも実際にいるかもしれない。だが、少数派であろう。大多数の人たちは、せいぜい「激しく苦痛ではない」程度の仕事をなんとかかんとか毎日こなしているだけなのだ。人々は仕事を奪われることを心配しながら、その肝心の仕事を嫌っている。それは矛盾ではないのか。嫌いな仕事ならいっそのことAIに奪われたらいいのではないか。
生きていくためにはカネがいる(資本主義社会が続く限り)。そして現代社会のほとんどの人たちは、自分の労働を売る以外でカネを得る方法を知らない。仕事を失うということは収入を失うということだ。だから、AIが仕事を奪うことを恐れている。実際のところは仕事自体はどうでもいい。問題なのはそれに伴って入ってくるカネの方だ。
AIの進化がこのまま続けば、遅かれ早かれ、すべての仕事はAIがやるようになるだろう。肉体労働は、AI搭載のロボットが行うようになる。確かに一部の業種はすぐに、残りはもう少し時間をかけて、AIに仕事を奪われるだろう。だが、最終的にはすべてAIがやるようになるのは間違いない。だから、そのこと自体に抵抗しても仕方ないと私は考えている。
だから問題は、AIが生み出した生産物(財・サービス)をどのように人々に分配するか、である。下馬評で一番の候補は、ベーシックインカムである。政府がAI所有者から税収を得て、それを人々に分配する。AIの生産性は圧倒的だから、政府から支給されるベーシックインカムだけで豊かに暮らせるはずである。ベーシックインカム支持者はそのように言う。
私は正直、ベーシックインカムがそんなにうまくいくのかどうか確信はない。だいたい政府の力が強くなりすぎないか。政府が何か口実をつけて一部の人たちのベーシックインカムを止めることはないのか。いろいろテクニカルな問題はあるだろう。
それでも、私は、AIがすべての生産する時代に、収入が全くなくなった人々が飢えて死んでいくという未来は想像できないのだ。それはあまりに馬鹿げている。機械がありあまるほどの豊かさをもたらしているのに、大多数の人たちが貧しさゆえに苦しんで死んでいく。そんなことが本当にありうるのか?
未来において、AIの生産物がどのように人々に分配されるのか、正直、今の私には想像がつかない。しかし、人類は何らかの方法を見つけ出すと思う。それ以外に人類が生き残る方法がないからだ。AIがすべてを生産する社会は、いままでのようにすべての生産が人間の労働によって行われていて、その中で貧富の格差があったという社会とは本質的に違う。労働以外の収入を持っていなかった人たちは、労働収入も奪われたら、文字通り生きていけなくなるからだ。「貧しいながらもなんとか生き延びられる」と「全くカネがなくて餓死する」の間には乗り越えられない壁が存在する。
だからAIが人間の仕事を奪っていくことについて、私は基本的にはそんなに悲観していない。カネのことはなんとかなる(なんとかするしかない)。それより、自分が嫌々やっていた仕事を手放せる喜びを素直に味わった方がいいと思うのである。